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手元に残してある2015年の演奏会のプログラムなどから、印象に残っているものいくつかについて。

こうしていくつかあるものを見てみると、昨年はピアノリサイタルには数回しか行っていないのがわかるが、他にもオーケストラ、声楽、室内楽、吹奏楽など、回数はまあまあ行った年だった。

まずはピアノの演奏会の1つについて。
初夏に行ったリサイタルだったが、個人的な興味というよりは、お付き合いという意味合いが強い・・・だが、そうした演奏会でも、いいものに出会うこともあるが・・・
プログラムは、本格的というよりも、小品を並べたような構成。
小品構成でも、曲順や演奏の質によっては、大変内容のある演奏会になることもあるので、そこを期待していたが、冒頭の曲から、ペダルの使い方が、なんだかまずい・・・

踏み変えのタイミングもそうだが、踏む深さを全然意識していないように聴こえてしまっていて、雑然とした響きがホール内を駆け巡ってしまっている・・・
まあでも、冒頭というのは、誰でも緊張感があるから、2曲目からは、もう少し落ち着きを取り戻すだろう・・・なんて思っていたけど、どうやらこのピアニストは、こういうペダリングをする人のようだ。

ホールの音響を、こんなに響きようにせずに、もう幾分残響を少なめにすると、まだましのようにも思うが、これもリハーサルの時に誰か指摘しないのだろうか・・・。

その後も、ペダルでベタベタになって軽快さの欠片もないスカルラッティ。
のぺら~っと抑揚のないシューベルト=リストの数々。
不思議さも謎めいた響きもないサティ。

プログラム後半は、バラバラに崩壊しそうなベートーヴェンの熱情。
音色も流れもないショパンのノクターン数曲。
などなどが演奏されたが、正直かなりつらかった。

ん・・・一応、CDなども発売されているとは・・・
いや、たった一度の演奏会で判断してしまうのももったいないから、次回聴く機会があれば、足を運ぶ・・・かもしれない。
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今年の最も感じたことは、生徒さんの伸び時期について。
同レヴェルの教本や練習曲集の箇所をやっている、演奏力も同程度の生徒さんが、数ヶ月や半年という単位で、一方がかなり伸びて、気がついた時には大きな差になっているということ。

こうしたことはこれまでにも何度もあったが、それを大きく感じた年だったように思う。
しかも、その伸びる時期に入ったというか、短期間での劇的な伸びがあったので、その後に差は広がる一方であり、コンクールや発表会などでの周りの生徒さん・保護者さんの評価も、当然ながらそのようになった。

これは伸びた生徒さんにとっては、もちろんいいことであり、その伸び時期は突然きたように思われたが、よく考えてみると実際はそんなことはなく、日々の練習の成果がコンクールなどの直前練習で結実して、演奏の仕上がりや賞という結果になっただけの話。

一方で、完全に実力で置いて行かれた形になったしまった生徒さんは、どういった心境なのだろう・・・と思ってしまう。
特に競っていたわけではなくても、ここ2年くらいは実力では同程度と思っていた顔見知りの生徒さんが、気がづいたら完全に上のレヴェルになってしまったのは、きっといろいろと思うところはあるはず・・・

さらに・・・自分のレッスンでも、考えることはある・・・つまりは、この伸び盛りの生徒さんにはがんばってレッスンをやって、ほどほどの生徒さんには、ほどほどのレッスン・・・と自分は、いつのまにかなってしまってはいないだろうか・・・

そうならないように、常日頃から
「生徒さん誰に対しても、個々にしっかりと見つめて、精一杯の準備とレッスン。
誰かを特別扱いしたり、変な区別はしないように」
と心かげてをしている・・・が、
以前に書いたように、こうしたピアノのようなものは、どうしても生徒さんの潜在能力や力量といったものに、指導側は引っ張られやすいのも事実だろうし、完全に平等なんてことは、人間である以上はありえないのかもしれない。

このあたりの自分の中でもバランス感覚というのも、今後の課題なのかもしれない・・・
前回のつづきを・・・

迎えた本番当日、まずはリハーサルの演奏。
・・・硬い。
全体的に、うわついたタッチで、しかも流れていかないので、とても硬い演奏に感じる。
こんなことは、この曲を練習してきた3ヶ月間、一度もなかった現象だ。
それだけ緊張で体が思うように動かない状態になっているということなのだろう・・・だが、ここまで変わってしまうというのも、少し珍しいくらいかもしれない。

そして、迎えた本番の演奏。
・・・う~ん・・・やはり硬い。
印象的なアレグレットテンポのメロディーも、硬いので流れが感じられないし、さらにミスが多く、そのたびに動揺しているのがわかるほどの緊張感が、聴いている側にも伝わってくるようだ。
さらに、ゆったりとしたテンポで和音の連続で聴かせるメロディーも、単に和音が弾かれているような状態に聴こえてしまって、なんだかもったいない・・・

なんとか、最後までは辿りつけたし、全てが崩れて、演奏が崩壊してしまった、というわけではない。
極度の緊張感の中で、よくやったことは、評価できる点だと思う。

しかし、普段と全然違う演奏にならずに、もう少し踏みとどまるには、緊張感の中でももう少し演奏できるためには、何が必要なのか、どのように練習してもらえばいいのか、どのように指導するのか・・・課題が多くの残った。

◎選曲は、これで本当に良かったのか・・・実力に対して上過ぎないか、また曲想や含まれるテクニックなどは生徒さんに合っていたのか・・・
◎普段から緊張感の中で弾く練習・・・これはもっと取り入れてもらうように、指導するところだろう・・・
◎実力の底上げが不可欠・・・やはり当日聴いていて思ったのが、崩れても踏みとどまるためには、実力そのものを上げるしかないということ。当然なのだが、底力があれば、極度の緊張で体が動かない状態だとしても、もう少し演奏も違ってくるのでないだろうか・・・

そんなことを考えされられた、発表会だった。
今更ながら、昨年の発表会を軽く振り返ってみようと思う。
発表会は人前での演奏の機会でもあるので、選曲ににも時間をかけるし、練習にも長めの期間をかける。
コンクールや学校での演奏も大事ではあるが、大きめの曲に挑戦もできたり、好みの曲2曲にしたりと選曲でも工夫ができて、より練習期間をかけられる発表会での演奏が、何と言っても重要であると思っている。

さて、その昨年の発表会で、いろいろな収穫もあり、感心することもあり、達成感もあり・・・ではあるが、今回は、少し残念だった方の話を。

本番の演奏は、当然ながら1度しかない。
だから、自分としては、生徒さんの演奏が、練習をしっかりと積み重ねていてちゃんと仕上がっていれば、本番は多少のミスがあったり、崩れ気味になったとしても、あまり気にならない。
そして、多く場合、しっかりと仕上がっていれば、崩れそうになっても、ぎりぎり踏ん張れるものでもある。

なのだが、今回は、さすがに気になったというか、
「どうしちゃったんだろう・・・」
と思う生徒さんがいた。

選曲から譜読み段階、そして仕上げていく過程から本番直前までの仕上げなどの3ヶ月半は、だいたい順調だったと思う。この生徒さんにとっては、普段練習している曲よりも少し難しく、実力ぎりぎりだとは思って選曲したし、こういうタイプの近現代曲も初めてなので、おそらく生徒さん本人よりも、指導する自分モリスには不安はあった。

だが、期間はすこしかかったが、ほとんど自力で譜読みをすることができたし、テクニック的に難しい箇所も、毎週のレッスンを重ねるたびに改善されていった。
そして何よりも、曲想をうまくとられることがこの1年半くらいでかなりできるうようになり、こうした初めて出会うようなタイプの曲でも、しっかりと対応して生徒さんなりの音楽性を持って弾けるようになってきたのだと、本番直前には、感心することもあった。

こうして迎えた発表会の本番当日・・・(次回につづく)
今年印象に残った演奏会などについて。

最も印象に残ったのは・・・残念ながら、いい意味ではない方向で、古典と近代レパートリーのピアノソロ。

知り合いのピアノ指導者さんに誘われて行ったのだが、自分は当初行く予定をしていなかったので、ぎりぎりに会場に到着。
待ち合わせの席のあたりをうろうろとしていると、声をかけてもらって、なんとか開演前に着席。

息を少し整える時間もなく、ピアニストが登場・・・して、弾き始めたのは、ベートーヴェンのソナタ。
なのだが・・・開始数秒というか、1小節でびっくり?!・・・ベートーヴェンって、こんなに音色も、調性感、何も無いように聴こえる音楽だったか・・・・

それとも、少し早足気味で自分が会場へ来たから、少し耳の調子がいつもと違うのだろうか・・・なんて思いながら聴いていても、演奏はそのままの状態で、
つまりは、何の音の変化もなく、延々と続いて、2楽章、3楽章・・・

ミスが多いというほどでもないし、崩れているというわけでもないが、ここまで何にもない演奏は、久しぶり・・・というか、中学生や高校生のコンクールでも、最近はこんな演奏には出会わないはず。

なんて思っていると、ベートーヴェン終了。
お客さんは、このコンサートの企画の関係者も多いらしく(プログラムを見て、なんとなく知った)、普段あまりピアノの演奏会を聴きに行くという人たちの集まりでも無さそうなので、このベートーヴェンに喜んでいる人も多く見える・・・

が、自分も、誘ってくれた指導者さんも、目を合わせて苦笑。
他のプログラムは、ラフマニノフなどもあったが、まあこれも同じく音に種類が無いというか、音を並べただけ・・・

経歴を見ると、すごく若いいうほどでもないが、まだ若手のピアノ弾き・・・これって、誰か言って上げないと、もうこのままのように思うが・・・
いや、言ってあげて改善できるなら、既にもっとどうにかなっているか・・・仮にも、少し演奏活動しているようでもあるし・・・
初心者の頃は、ぐぐっと猛スピードで上達したり、教本を駆け抜けるけれど、初級の終盤くらいで少し停滞する・・・

なんてことは、ピアノではよくあることで、ブルクミュラー25くらい、またはその前後くらいの段階ではゆっくりと進んでいってもいいと思っている。
だが、きがつくと、この生徒さんと、あの生徒さんは同時くらいに始めたのに、教本の進行が10倍、いや100倍くらい差がついてしまっている・・・ということも、あるのも事実。

しかも譜読みの正確性や早さ、テクニックの質や音楽性も含めた演奏力などを総合的に考えると、実力差は100倍どころではなく、もはや測れないほど。
それがピアノというものの現実なのかもしれないと、最近つくづく思う。

別に競争しているわけじゃないのだから、それでいいとも思うが、同じコンクールや発表会にでているということにおいて、生徒さん本人も、そしてそれ以上に保護者さんの胸中はどうだろうか。

そんなことを思うと、自分としても少々気が重たくなることもあるのだが、それでも
「今は停滞気味の生徒さんも、きっと脳内でいろいろなことがつながって、ブルク25くらいなら、すぐに弾ける時期がくるに違いない」
と、信じてレッスン。

それに、今はショパンも弾けるあの生徒さんも、シューベルトが好きなあの生徒さんも、そういう停滞の初中級の時期はあったな・・・と思うと、誰しもが通る道なのだろう。

さあ、もう大きなコンクールの時期も終わったことだし、何人かの生徒さんは、基本をしっかりとやる必要がありそうだ。
5月の下旬から、某巨大コンクールの各地区予選というのが開催されている。
もう30回以上の回を重ねているコンクールだから歴史もあり、しかし每年のように新鮮な曲目が課題曲に入っていたり、細かな変更点もあったりと、改良もされていることには感心する。

逆に、調べてみると、意外にも今年が第1回とか、第3回とか、最近はじまった歴史の浅いピアノのコンクールというのも、結構な数存在する。
もうこれだけの数のコンクールが存在しているのに、まだつくるのかという気がしないわけでもないが、新たに創設するという困難さを乗り越えてでも開催しようとする主催者には、きっと大きな志があるのだろう・・・

その志とは、どんなものだろうか。
すぐに思い浮かぶのは、これまでにないようなピアノのコンクールをつくりたい・・・つまりは、既存のコンクールに対する反発、とまではいかなくても、何かしらの不満などがあり、別物を作りたくなる気持ちだろうか。
不満とは、例えば、課題曲の選曲傾向だったり(課題曲か自由曲なのか、その組み合わせ等も含めて)、審査の基準だったり、というのが、一般的には考えられる。

他には、従来のコンクールへの不満というほではないが、たとえばもう少し地域密着型のピアノコンクールという趣旨を明確にしたものを立ちあげたいという思いを持って、コンクール創設というのもありそうだ。
さらには、国内のコンクールでありながら、もう少し海外と連携した企画を考えて、あたらにコンクールを作るというのも最近の傾向かもしれない。

または・・・コンクールの主催・運営組織の中軸として活躍したきた人物が、次第に思うようにいかなくなり、改革もうまくいかずに、こんなことならと、新しいコンクールをつくってしまう・・・なんてことも、あるのかもしれない・・・。

さて、こうした、第1回、2回といった新しいコンクールは、その後もしっかりと運営されて、5回、10回と歴史を刻んで行けるのだろうか・・・
おそらくは、数回で終わってしまうようなものも、たくさんあるのだろう。
例えば、以前に来年の開催予定が書かれていながらも、直前まで開催の要綱がはっきりせずに、ぎりぎりの告知だったコンクールも見かけたので、こうした不安定なコンクールは、その後の運営はあやしいだろう。

まあ、どんなコンクールにしても、出場者のことを一番に考えて欲しい。
高々と理念や理想を掲げていても、審査員にお偉い先生を招聘していても、運営がきちんとしていないものは、出場側から見ると、絶対に不安がある。
そういう意味では、数回観に行った某コンクールは、プログラムも無く、開始時間、終了時間の予定も明示されていないという不安的なもので、さらに審査員もたったの3名・・・
自分の生徒さんは、強い希望が無い限りは、このコンクールには出場は無いだろうと思った。
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