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あけまして おめでとうございます。
昨年は多くの方に大変お世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願いします。

さて、皆さんはどのようなお正月を過ごされているでしょうか?
自分はここ最近書いているように、急遽依頼された器楽伴奏なども含めて、普段とあまり変わらない、いえ普段以上にピアノをたくさん弾く日々を送っているので、お正月気分はあまりしない新年です。

その伴奏は今月の本番までに数回の合わせが来週あたりに予定されており、また本番直前に最終の合わせで確認、そして本番という段取りになりそうです。
また、ちょっとした新年練習会も予定されていて、それに向けても練習中。
もちろん、普段のレッスンも今週からはじまる予定なので、新年から少し忙しくなりそうですが、それだけ充実したものになりそうなので、良いことだと思っています。

風邪など体調に気をつけて、今年も良い年にしたいものです。
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気がつけば今年もあと2週間ほどですね。本当に1年が早く感じる。
もう年末だと感じたのは、ある方(ピアノ関係ではない)から、自身で撮影した写真で作った「風景写真のハガキセット」が届いたから。毎年これが届くと、「ああ、今年も残りわずかだな」と思う。

自分は、基本的には物を贈られるというのは苦手である。
そうした習慣が良いとか悪いとかいうことではなく、自分は食べ物は好みが激しい(と周りから言われる、またアレルギーも少々多い)し、酒も飲まないのでいただいても困る。
だから、防衛手段というほどでもないが、生徒さんやその親御さんには、普段からの会話でさりげなく
「食べ物の好き嫌いとアレルギーも多く、酒も一切飲まない」
ことを伝えて、贈り物を防いでいる。
これは効果があって、今では生徒さんから物を贈られることはほとんどない。

実は自分の事情は少々逆でもある。
モリス家の自分ではない人間には、この季節はかなりの贈り物が届くし、直接に持参される方も多い。
そして、そうした贈り物は同じような物が重なる事も多くて、結局は消費できない。

そこで近年は、そうした頂き物を、自分の生徒さんや親御さんの希望者さんに、もらっていただくことにしている。
ビールが好きなお父さんやお母さんは結構多いので、箱のまま差し上げると喜ばれるし、ジュースのセットも生徒さん達には好評のようだ。
ある生徒さんのお母さんは、
「先生のところからは、いつもたくさんいただいてすみません」
などと先日も言われたが、モリス家としてはビールやジュースはいつまでも消費できないので、もらっていただいて助かっている。

さて、自分が贈り物をする方も最近は1人か2人くらいに限定されている。
好みもだいたいわかっているつもりなので、今年はお菓子のセットにしようかと思っている。
以前にも触れたように、ここ最近は自身のピアノ練習に少し力を入れていて、昔弾いた曲を引っ張り出してきて苦戦したり、今年弾いてきた曲をもう一度再構築するように少しずつ仕上げまでもっていく作業をしている。
特に今月になってからは弾く時間は結構長いだろうか。

弾く時間が長いといっても、自分はもともと長時間練習をするタイプではないので、40分~50分を1回として、それを2回とか、もう少し集中が持続する時には3回くらいで、間に休憩は多めに入れる。
だが、最近はかなりの諸事情により曲数も多めに弾いているので、この時間ではやはり少ないだろうか。

組曲などの中の曲や、1つの楽章なども個別に1曲とすると、今弾いている持ち曲は全部で13曲か14曲くらい。
それくらい全然平気だと言いたいところだが、さすがに毎日これらの曲全てをじっくり弾くことはできないので、ある曲は通し演奏を主体に、ある曲は気になる部分練習を中心に、ある曲はゆっくりと弾くことだけを重点にと、工夫は必要になってくるし集中力もかなり必要になるから少し大変にもなってくる。

それでも、1年の中でこれくらい自身の練習に集中できる時期があっても良さそうだ。一応年明けくらいまではこれくらいの中身で弾いていこう。
今回は自分の練習のための日記のようなものを。
自身のピアノ練習に特にテーマなどがあるわけでもないが、今年のこれまでは密度の濃い小品などを弾いて仕上げていくということをやっていて、その傾向が結構続いている。
練習会などをやっても、それらの小品などを数曲弾くわけだが、基本的には全てが新しい曲で、以前に弾いて一応は仕上げたものをまた弾くということは、最近はあまりしていない。

だが、ここで少し方針転換・・・ということもないが、かなり前に弾いたそれなりに中規模程度の曲を久しぶりに引っ張り出してきて、かなりのレヴェルまで仕上げてみようかと、今日から弾いている。

予想はしていたが、もうかなり忘れていたようだ。
最初に弾いた当時に、指使いをどうしていたのかわからない箇所もたくさんあるし、以前に苦労したらしい箇所は、やはり今回も苦戦しそうだ。
ただし、以前には解決できなかった部分でも、うまくいきそうな気配のところもあるので、一応これをしっかり弾いてみることにする。
ピアノを弾いている人は、もしかしたら多くの人がそうかもしれないが、演奏会はピアノ以外の楽器の方が、聴いていて素直に楽しめる場合も多い。

先日はバイオリンの演奏会へ。
ツィゴイネルワイゼンなどの有名曲のほか、ベートーベンのロマンス、ブラームスのソナタなどのプログラム。
演奏は、某有名交響楽団の第1バイオリン奏者。

さて、その演奏はというと・・・
堅実な演奏ではあるものの、バイオリンの弦の響きという最も肝心な要素が薄い印象。
ツィゴイネルワイゼンなどでは会場は大きな拍手ではあったが、それは演奏の素晴らしさに対する拍手というよりも、速いテンポの中で技術的に「よくがんばったよ!」というような拍手だったように思う。

この演奏会には、先日触れたRさんとも一緒だったのだが、そのRさんの感想は
「まあ、なかなか良かったよ。ピチカートが惜しかったけれどね」
という、意外にも(?)甘口なものだった。

だが、Rさんが言うように、これで結構良い演奏だったのかもしれない。
バイオリンというのは、超一流ではない限り、ソロでの高レヴェルの演奏を聴くことはできないものでもありそうだ。
昨日の文で登場した某楽器店さんの方もそうだが、自分(モリス)のことを「先生」と呼ぶ。
ほとんどの場合は、最初に出会ったときに、
「すみませんが、自分は『先生』なんて偉い人でも何でもないので、できれば普通に『さん』で」
とお願いしている。

そうすると、
「あっ、そうですか?はい、わかりました」
と言うのだが、また次回会った時には、
「どうも、先生。お世話になっております」
などとなってしまい、毎回訂正するのもおかしい感じがするので、それ以上は言わないが・・・。

でも、楽器店さんや調律師さんが、ピアノ指導者どんな人にでも「先生」と言うのは、わかるような気はするし、「先生」と呼ばないといけないような雰囲気を漂わせている先生もいるのだろう。

自分は、自分の習った先生は「先生」と呼ぶが、それ以外の指導者仲間などには人には、年上でも基本的には「さん」だろうか。
ただし、明らかにご年配(これも基準もないが)な人や、誰もが先生と呼ぶ人には、「先生」をつけている・・・と思う。
ここに書いていることは、音楽やピアノに関しての個人的な意見や感想や出来事であって、普遍的なことでも多くの人に共通することでもなんでもない。
今回も、自分は「こうかな」というだけの話なので、読まれる方も適当に読み流ししていただければ。

発表会とか演奏会とかコンクールなど、ステージ本番が近づいてくるとする。この時、きっと多くの方は「万全の準備で」と思って、ぎりぎりまで曲の仕上げのために練習すると思う。

それもいいのだが、自分の場合は、「今回はしっかり準備出来た」と思ったときよりも、「なんだか仕上げ途中で9割ちょっとかな」と思って挑んだ時の方が、結果は良い傾向にあるような気がする。

また、指導する側は、本番ステージ近くになると、指示が一層抽象的になってくる傾向があるように思うが、これも逆に方が良いように感じる。
つまり、改善したい箇所があるなら、指示は具体的にして、演奏者の脳にきちんと入るようにしなければ、本番ステージではできない場合も多いのかもしれない。

当日までの練習時間も、いつもと同じか増やす傾向の方もいるが、これも逆だろうか。
できれば、当日までの数日間は、ピアノを弾く時間を少しずつ短くしていくのがポイント。前日や前々日に多く弾きすぎて急に崩れだすのを防げるし、当然本番では1回しか弾かないので、練習でも通しで1回か2回くらいの気持ちでよいと思う。

もちろん、今回書いたこととは全く逆のことが良いと思っている方もいるだろうが・・・いろいろと試してみて、試行錯誤するしかないのかな。
テーマ:ピアノ
ジャンル:音楽
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