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その先日のロシアの歌のコンサートだが、ピアノがひどい状態だった。
もうかなり古くて定期的なメンテナンスもされてこなかった国産の小型ピアノ。

会場が大きくないので、「カクカク」というようなアクションの音が、演奏中にも聞こえてしまうほどで、音は低音から高音までモヤモヤしている。おそらく弦もハンマーの状態も、かなりな劣悪な状況なのだろう。

今までもにも、結構ひどいピアノでの演奏は聴いたことはあるが、ここまでひどいピアノでの演奏会は久しぶりだろうか。

だが、さすがにピアノ弾きさんは健闘していた。
伴奏で最初のうちこそ雑然とした印象はあったが、次第に音を整理させるようにして、何とか歌とのコンビネーションもうまくやっていた。

もちろん、これだけひどいピアノでも、そうだと気がつかない聴衆もいるのだから弾く側は大変だが、どんなにひどいピアノでも、何とか演奏してみせるところが、さすがだった。
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週末に演奏会を聴きに。
今回はピアノではなく歌もので、ロシア民謡や歌曲のようなものが主体のバリトンの方の演奏会。会場はそれほど大きくはない小ホールのようなところ。

日本ではこのジャンルの第一人者ということであり、歌詞もロシア語だったのだが、歌う前に詩の意味やストーリーを簡単に説明してくれるし、メロディーもどれも哀愁のある入りやすい歌だったので聴きやすい。
また、歌唱のすばらしいリズム感も気持ちよく聴こえる要因だろう。

しかも、この方の声は非常に魅力的な響きを持っていて、聴いている側に染みこんでくるような感じだろうか。大声でもないのに質の良い響きのバリトン。
たっぷりと15曲だったで2時間近い演奏会だったが、心地よい時間だったせいかとても短く感じた。
音階が連続するような練習曲を、先週はレッスン中にもさまざまな改善がされて、レッスン終了時間にはなかなか良く弾けるようになったと思った小学3年生の生徒さん。
そこで、
「では、今日はテンポ80くらいだったから、これから80でもっと確実に練習してみて、できるようであれば100くらいまで、さらにできるようなら108で」
と言っておいた。

そして今週のレッスンでは・・・
先週80で安定感が出てきて手の動きも良くなった練習曲を、レッスン最初に100くらいで弾き出したが、演奏も動きも見事に崩れている。

これは少し予想していなかった。
この生徒さんが他のところから来てまだ半年。
ピアノを弾くという技術的な事は少々変な動きを身につけられてしまっているし、聴くということなどに関しては、まだまだ不十分な感じだが、それも最近は良くなってきていると思っていたのだが・・・。

「100ではちょっと苦しいね。そういう時は練習ではどうする?」
と聞いてみたところ、
「もう一度80で練習する」
とすぐに答えてくれた。だが、この感じだとそれでも不十分だろう。
「そうだね、もう一度80でしっかりと弾くことが大事だ。だけど、今日の演奏は鍵盤の上を滑っているような指になっているから、家での練習はまず40くらいで弾くこと。
それでうまくいけば少しずつテンポアップで、80くらいまで上げよう。
だけど、80で弾けてもすぐに100では弾かないで、また60くらいで弾いてみる。そしてまた80。そして少しあげて88。滑ったら60。また・・と、いろいろ研究しながら弾くこと。
好きなリズム変えも入れていいよ。」
と言ってみた。

この生徒さんにとっては、初級程度の曲をしっかりと弾けるようになるために、ピアノを弾く根本の底上げと改善にもう少し時間がかかることになりそうだ。
生徒さんの演奏で気になるところがあった。
通常はテンポどおりに弾くようなところで、少し遅く、リタルダンドがかかったように弾いている。しかも遅くなってしまうのか、それとも遅くしているのかも、聴いていて判別にしにくいような感じだ。

「この箇所が遅くなっているけれど?」
と聞いてみると、
「あ、はい。ここは遅くなったら変ですよね、そういう感じで弾いている演奏も聞いたことないですし。でも遅くなってしまうというのか・・」
などとはっきりしない様子。

でも、この生徒さんはもともとそんなに自己主張を口に出すような方でもないので、この様子だと本人はきっと本当はここだけリタルダンドして、次からまたテンポに戻したいのだろう。
「いや、遅くしても変ではないよ。やるならたっぷりと遅くして、次のここからまたテンポで弾けばいいから。他の人の演奏は関係なく、確信を持って遅く弾いたら?」
と言ってみると、
「はい、それでやります!」
と軽快な返事だった。
「先生にちょっと言いにくいお願いがあるのですが・・・」
と、子どもの生徒さんを迎えに来たお母さんから言われたら、どんなお願いかと思って、自分も少しかまえてしまう。

だが、聞いていると
「この手作りのスタンプカードをこの子に持たせるので、この『できましたスタンプ』を先生にお預けしますから、レッスン終了後に1個押して欲しいのです」
とのこと。
「お願い」などと言われたから、何か難しいことかと思っていたら、ただスタンプを押すだけだった。

でも、毎回送り迎えに来ていて休まずに通ってくるから、そんなことしなくてもきちんと子どもがピアノのレッスンをやっているのはわかるだろうし、特にレッスンの記録が欲しいわけでもないらしい。

そう思って聞いてみると、生徒さんのお母さんは、
「ちょっと遠くにいる実家の私の母と父のところに行った時に、これを見せて『ピアノがんばっているよ』と伝えやすいようにしてみようかなと思いまして」
ということらしい。
お母さんの実家にはピアノがないそうだから、孫である生徒さんが弾いて聴かすことも容易ではないらしく、レッスンのスタンプカードのようなものでも、話題になっていいのだろうか。
そうして、自分は今月からこの生徒さんのレッスン後には、スタンプカードにポンと1個のスタンプを押している。
「ここですが、やはり楽譜の指示どおりに、同音は1、2と指を変えて弾いた方がいいですか?少し弾きにくいのですが・・・」
と、ある生徒さん。
自分の持っている楽譜は違う出版社だったが、生徒さん使用楽譜と同じく、その箇所の同音は「1、2」となっている。

だが、自分はその楽譜をもう1種類持っていたので、本棚から出して開いてみた。
すると、こちらの楽譜では全く逆に「2、1」を弾くように指使いが書かれている。
さて、この生徒さんには、「1、2」がいいのか、それとも「2,1」がいいのか・・・

結局この生徒さんには、安定して弾けるように「1、1」をお勧めしたところ、本人も納得して
「そうですね。指を1から2や、2から1にかえて弾くよりも、1で2回弾いた方がいいみたいです」
と言っていた。

同音の連打では指をかえて弾くことが常識的になっているように思うが、実はそうとは限らないことは、以前にも少し書いたとおり。
あのロシア人ピアニストのショパンも、あのフランス人のドビュッシーも、同音の何個も続く連打を、1つの指で弾いている。
自分が昔習ったムッシュニコラも、同音は指をかえないことが多かったように思う。
先日、ある大人の生徒さんが、レッスンの終わりに、
「あのう、もう1曲聴いてもらっていいですか?レッスンしてもらうほどの曲でもないと思っていたのですが、来週ちょっと友達の前で弾こうと思っているので」
と言って、1曲弾き出した。
自分は知らない曲だったが、シンプルな旋律の途中に少しの動きがある感じで、左手は一貫して伴奏のようなスタイルの曲。

だいたい弾けているように聴こえたが、終盤の旋律が何か変な感じがするので楽譜を見ると、「ここから1オクターブ高く」の記号を無視して弾いている。
「ちょっとストップです。ここからは、1オクターブ上ですよ。この8の記号のところから」
と、自分は当然の指摘をしてみると、
「ええ?そうなのですか?いや、ちょっと変な感じだとは思ったのですが、この8がそんな意味だったなんて・・・」
と軽いショックを受けた様子。

だが、オクターブ違いを訂正して弾くのは難しくないので、レッスン時間内でだいたい弾けるようになったから、今回は良かったのだろう。
そして生徒さんも、
「そのまま弾かずに、やはり一度聴いてもらって正解でした」
と言っていた。
全くのピアノ初心者さんを教えるということは、自分にとって最も緊張することの一つである。
「本人がピアノに興味を持って来たのか」
「親が習わせたいだけなのか」
「好きな音楽があるのか」
など、いろんなことを少しずつ聞いてみたり、実際に鍵盤に触れながら一緒に弾いたみたり。

今月の初心者さんは、自分が心配するようなことはなく、ピアノにとても興味を持ってくれた様子。
今回は日本人がつくった初心者用教則本を使用してみたが、それらの説明や、わずか4小節や8小節の単純な曲も、目を輝かせて弾いてくれた。
そして、「上手になったら、パパが好きな曲(日本のポップものですね)を弾いてあげたい」ということだったが、その曲を自分が少しだけ弾いてみせると、とても喜んだ様子。

こういう生徒さんと接することは、指導側に自分にとっても貴重な経験であり、「よし自分もピアノを心から楽しむぞ!」という気合にようなものが出てくる。
指導者仲間とピアノの練習会をやると、
「こんな教本が、こういった生徒さんには良いのでは?」
「この曲は譜読みが遅い大人の初級者にも、レパートリーとしておすすめ」
「このレヴェルでも、この曲は意外に多くの人が弾けるね」
などの話をする機会にもあり、お互いの情報交換として役だつ。

先日話した中では、特に大人でレッスンが不定期になりがちな生徒さんために、どんな教則本や選曲をしているかを、少し話をした。

相手指導者さんも、自分も、大人の初級者さんであっても、やはりある程度の技術をしっかりと身につけないと、ピアノを弾くこと自体が続かないし、弾ける曲の限られてくるという認識ではほぼ一致。
だが、現実的には「○○教則本」や「○○練習曲」のようなものを、やりたい、またはやることを(心から)納得する方はそれほど多くも無く、これが難しい判断となることでも、ほぼ同意見。

もちろん、ピアノの基本的な弾き方と曲想が豊かな曲をうまく組み込んだような大人向けの教本もあるのだが、これが人気があるかといったら意外にそうでもなく、これも難しい。
また、大人は曲をいろいろ知っているが、弾くためにどれくらいの実力が必要なのかは知らないので、初級教本をやっても、それが終了するかしないかくらいで、
「ではもうベートーベンやショパンくらいいけますかね?」
と言ってくるので、返答に困ってしまう。

結局その日の話では、すぐにショパンのワルツやノクターンは難しい人に、その一段か二段くらい前段階の「それらしい雰囲気の曲」を、いろいろと集めておくことが必要ということで、幕を閉じた。
以前にも何度か書いているが、最近はピアノを習う前にピアノに触れたことがない小学生も多いので、鍵盤があればピアノも電子ピアノも同じように思っている場合も。

そして、今月のはじめにもそういったことがあった。
知人の紹介で来た小学2年生とお母さん。
家にはピアノも電子ピアノもないらしく、でもピアノに興味があるので来たとの事。
自分が
「何か弾ける音楽やメロディーがあればどうぞ」
と言うと、その小学生はいくつかの曲のメロディーを細切れに弾いて
「うぁーすごーい」
と、とても楽しそうだった。
しかし、直後に
「でも、変な形のピアノだね」
と。
横についていたお母さんが
「すみません、この子はグランドピアノを見たことがないので・・」
と、少々慌てたのが面白かった。

こういう子供さんには、いつものようにピアノという楽器の簡単な構造を見る体験レッスンから。
蓋をあけて中を見てもらい、弦があること、ハンマーがあること、鍵盤に触れるとハンマーが動いて弦にあたり、音がなること。音が板で響くこと・・・などを簡単に説明するだけで、とても興味を持ってくれる。

レッスンをはじめることにはなったが、ピアノを持っていないので、近いうちに用意はしてもらうことになり、現在は検討段階だが、ご家庭の予算の都合もあり、新品は難しいご様子。
知り合いの楽器店さんに聞いてみると、中古アップライトで16万というのがあるとのことだが・・・無いよりはそれでも良いだろうか。
少し前から来るようになった大人の生徒さんは、これまでにバイエルを中心にやってきたというので、初回にそのやってきたバイエルから2曲くらいを弾いてもらうことに。
はじめに103番を弾いてもらったが、テンポは少し遅いがミスも無く、一応は弾けていると言っていいだろうか。

だが、これで良しとして次に進むのならば、レッスンにくる必要性も薄く、独学と変わりないので、しっかりとした指摘をすることにした。

まず、自分は同じ103番を弾くが、先ほど生徒さんが弾いたように、
メロディーの右手を浅く打鍵し、左手伴奏もボコボコとした感じで演奏して、
「どうでしたか?貴方の弾いた103番は、こんな感じでしたよ」
と言ってみる。

すると、
「えっ!私はメロディーがそんなに聴こえていないのですか?左手もレガートになっていないみたいですし・・」
との答えだったので、おおよそ予想どおりの感想。

やはり、この生徒さんは意識は右手メロディーに一応はあるので、右手メロディーが聴こえるようにはやっているが、それが「メロディーを出しているつもり」になっていたようだ。
また、左手はきちんと拍が整理されていないし、制御されていない。

でも、まずは気がついていただけたようなので、ここからが出発点だろう。せっかくやってきたバイエルも、生徒さん本人から
「もう少し前の番号もレッスンでお願いします」
と言っていたので、やる気もあってうれしいことだ。
大人の初級者の生徒さんは、最初の頃はとにかく左手の伴奏が大きくなってしまっていることも多い。
それを気づかせても、右手メロディーをだして、左手だけを抑えることは結構難しくて、右手も一緒に小さくなってしまったり、それをさらに改善しようとして、バランスがさらに崩れたり・・・。

だが、そういったことも、ピアノへの慣れとレッスンの積み重ね等によって、次第に改善されてくるもの。そうなると、譜読みの段階でもまずまずの音のバランスで弾いてくれる生徒さんもでてくる。

しかし、慣れがかえって右手メロディーのみが聴こえるような演奏になってしまう場合もあり、左はいつどんな時でもとても弱い習慣になっている人も。
確かに伴奏はかなり小さくても大丈夫な場合もあるが、ほとんど聴こえないのは良くないだろう。
そうした時に自分は、
「バランスを考えて弾くのは良いけれど、どんなバランスでも聴こえない音があるのはちょっとね。楽譜上の音は全て鳴らして聴こえるものだよ」
と指示することもある。
もちろん、そう意識できる人は多くはないだろうが、とても重要なことだろう。
先日の小さな音楽会では、自分は準備や素人カメラマンとして手伝ったが、演奏会がはじまる前から、少し予想していたことがあった。

そして、小学生の一人目から、やはりそうかなと思った。
小さな私設ホール会場での50席くらいで、拍手が少ないのだ。
聴いている側では、拍手をして良いのか迷っている方、拍手のタイミングはよくわからないような方もいる様子。

こういう時には、自分は一番大きな拍手を、タイミングよくするように心がけている(観客席側にいたので)。
大きな拍手が聴こえると、ほかの観客も次第に拍手をするようになるので、演奏前後のメリハリができて、進行もスムーズに、音楽会らしくなる。

もちろん、司会者が「演奏者には盛大な拍手を~」と言ってしまっても悪くはないだろうが、誰かの大きな拍手で自然に他の皆も拍手をするようになったほうが、「らしさ」があって良いように思う。
先日の小さな音楽会の会場である、小さな私設のホールには、それほど大きくは無いピアノが。
すでに書いたように、椅子を並べても50席くらいのこの会場には、ちょうど良いくらいのピアノ。国内有数メーカーの限定モデルらしく、自分もあまり見たことは無かった(外見は普通)が、かなり質の良いピアノに聴こえる。

私設ホールのオーナーさんに聞いてみると、数日前に調律されたばかりで、その日は調律後初の演奏会とのことだから、偶然にも日程は良かった。
また、今回の調律は、そのメーカーさんでも上位機種を調律できる社内試験?のような資格を持った方に、初めて来てもらったそうだ。

その調律の効果なのか、その日は本当に響きが通っているような印象で、「大きな響きだが、うるさくならない」ような感じで、ピアノからフォルテまでの幅も広いように思えた。

だが、声楽の方には、どうだったのだろう。伴奏も抑えて弾いていたのだが、歌い手さんの調子もいまひとつだったせいもあり、歌は負けているのは明らかだった・・・。
濁ったピアノだったら良かったとは思わないが、声も通るように歌えないと、伴奏との相乗効果は薄いということだろう。
レッスンというには時間に限りがあるものなので、その曲の仕上がりをどこまで追求するのか、生徒さんよっても違うし、その時々の課題や方向性によっても微妙に違うだろう。

だが、自分もレッスンをしていて、あまり良くないな、と思うのは、「だいたい弾けている」ような状態で全てが良しとなり、次の曲に進んでいくこと。
だいたいで良いというのは、曲によってはあるだろうが、弾く曲の全てがそれだと、「もうだいたい良い」といった習慣に、指導側も生徒側もなってしまうこともある。

そして、自分が今教えている中学生の生徒さんが、その「だいたい良い」の感じであり、弾けているようにも聴こえるが、実はそうでもない。
特に、部分的に弾いてもらうと良い感じなのだが、全体を通すと弾けていた箇所でもつまづいたり、急に和音のバランスが崩れるなどの症状もあり、テンポが急に速くなる時も。

それでも、本人はだいたいは弾けている気分なので、ここから抜け出すように指導していくのは簡単でもない。
ただ、以前からたくさん音楽を聴くこともすすめて、質の高い演奏を耳で感じられるようになってきたせいか、最近は仕上がりの目標も少しずつ高くなってきた印象はあるので、今後ともじっくりとレッスンしていこうと思っている。
先日、素人カメラマンとしても手伝いのように参加させてもらった音楽発表会について、そこの生徒さんの演奏は、必ずしも質が高いものではなかったと書いた。

だが、小学2年生から大人まで、それぞれ実力にあった曲を表現しようとする姿勢が感じられて、遠慮がちな演奏もあったが、本番での集中力はほとんどの方が高いのも印象的だった。

これは、この小さな私設ホールでの演奏会ということも、少し関係していただろう。自分はリハーサル段階から準備で参加していたが、リハーサルと本番での演奏は、多くの方がほとんど同じくらいの質を保っていて、本番に極度に緊張した人は少なかったのかもしれない。

中規模ホールでの大きめな企画の発表会や音楽会が多いかもしれないが、こうした観客席50名前後の私設ホールでのピアノや歌などの演奏会に触れてみて、今回はいろいろと勉強になった。
昨日は、指導者仲間の小さな発表会を兼ねた音楽会があった。
会場は私設の小さなホールで、椅子を並べても客席は50くらいだが、音響はしっかり設計された建物らしく、適度な響き。
それほど大きくもないグランドピアノにもバランスのとれているだろう。

生徒さん達のピアノ演奏は、質が高くない演奏の方もいたが、皆それぞれピアノ向かう一生懸命な姿勢が伝わってきて、好印象だった。
また、指導者仲間から声楽やピアノ演奏もあり、ちょっとした身内の音楽会のような感じ。進行もスムーズだった。

自分は今回は演奏をするのではなく、準備スタッフのようなもので、椅子を並べたり、掃除をしたりと前もって準備。
本番の時間は、素人カメラマンもやってみたが、これが結構難しい。風景や植物を撮影するのとはかなり違い、演奏者というのは、誰でも結構動いているもので、帰ってきてから写真を確認してみると、かなりブレやピンボケもあった。
また、演奏中の手を撮影することにも挑戦してみたが、これもタイミングが難しい。

だが、今回は写真の撮影もしてみて、演奏者というのが、演奏中や其の前後で、どのように見えるものなのかも、勉強になったように思った。
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