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特別の練習会、そしてコンサートで演奏もされたピアニストのDさんについてもう少し。
Dさんは、体はどちらかと言えば小さい方で、手も柔軟性はあるものの、大きくは無く、腕も細い。

だが、演奏は良質でしっかりとしたテクニックをもって、勢いのある演奏で、シューベルトもラヴェルもショパンも余裕がある。
Dさんは、
「体が大きくないことは、やはり残念なこと。大きい人は考えなくても弾ける箇所を、私はどうすればきちんと弾けるのか、毎回十分に研究しなくてはならない。小さい人こそしっかりとした技術が必要」
と言っていた。

その研究の話を、特別練習会の時に少し話してくれたが、
「普段ピアノを弾くときの体の中心の感覚を多くの人はこの辺りと言っているけど、私はここ」といったことや、
難しいパッセージが連続する時の腕の使い方、
など、面白い内容のものがたくさんあった。

そして、
「そんな感じでたくさんやってみるけれど、まだまだ改良していくつもり」
というのが、Dさんの素晴らしいところ。
日々たくさんのレッスンや演奏会、音楽祭などのスケジュールをこなしつつも、自身の演奏を磨く姿勢を常に持っているのは、さすがだと感じた。
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テーマ:ピアノ
ジャンル:音楽
ピアニストのDさんも出演の演奏会で、2台ピアノの曲も数曲演奏され、「ラ・ヴァルス」のほかにもモーツァルトの2台ソナタなどもあったが、どちらも1番ピアノを担当した方(仮にEさんとする)のピアノに冴えがなく、2台ピアノのアンサンブルの良さというのは、十分には発揮されなかった。

これは、2台ピアノで練習する時間の少なさも影響はしたのだろうが、問題はそれよりも、Eさんがひとりでしっかりと弾けていないことだろう。

弾けていない、と言ってもミスが多いとか、2台が全然合っていないという話ではなく、もちろんピアニストレヴェルの話。
だが、逆に言うとピアニストだからこそ、リハーサルが1日や2日でも、それなりの演奏を披露する必要があったと思う。
アンサンブルとするということは、まず1人できちんと自身の担当パートを弾けることが前提なのは、必須条件だと感じた。
先日の特別練習会にも参加していただいた、ピアニストのDさんもご出演のコンサートへ行ってきた。

Dさんのソロのほかにも、2台ピアノでの演奏もなって盛りだくさんのプログラム。
Dさんのこの日のメインは、シューベルトの「さすらい人幻想曲」。
ご存知の方も多いと思うが、20分前後の時間もかかり、しかも難所も連続する曲ので非常に難しい1曲。

さすがにDさんの演奏は、明確で切れ味の良いテクニックとタッチを持って、またこの曲の持つうねりのようなものも十分に生かした演奏。そして、何よりも最後までの集中力を感じた。

演奏後のDさんご本人の話によると、
「危ない箇所もあって、結構あせった」
らしいのだが、自分は聴いていて見ていて、そんな感じは全くしなかったので、そこも流石といったところだろうか。

2台ピアノでは、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」などの演奏もあって、こちらも迫力十分なものだった。
ただし、もうお一人の方のファーストピアノが、少し曇った演奏ではっきりとしなかったのが残念。
それでも、楽しい演奏会だった。
今ではほとんど聴かない、幼いころにたくさん聴いたレコード達。
以前にも少し書いたように、ベートーベンやシベリウスの交響曲は両親が好きで、どちらも全集が指揮者や楽団が違うものが数種類ずつある。

他に昔よく聴いた記憶に残っているは、シベリウスのバイオリン協奏曲、ベートーベンのバイオリン協奏曲、ショスタコビッチの交響曲たち。
あとは、ドビュッシーの交響詩「海」や、グリーグやシューマンのピアノ協奏曲、ラフマニノフやハチャトリアンのレコードも多いだろうか。

こうやって思い出してみると、結構偏っている印象。
ベートーベンのシベリウスがかなり多く、そのほかはロシアものが多い。
他にも有名作曲家は、ラヴェルやドボルジャーク、プロコフィエフなどもレコードはたくさんそろっていたが、モーツァルトやバッハが非常に少なかったと思う。
戦前生まれの両親の好みだったのかもしれないし、その時代の流行なのかもしれない。

こうやって聴いたものは、どこか体に染み込んでいるのか、不確実でも覚えていることもあって、
レッスンで白髪爺さんに、
「このソナタ(もちろん、ベートーベンの)のここは、○番の交響曲のあのリズムに似ているだろう?」
などと、言われることもあったが、
(ああ、そう言われてみれば・・・)という感じで、思い出すこともあった。

こういった比較のように他の曲のことが話にでてくることは、ピアノのレッスンでは結構多く、またそれは意外にもピアノ以外の曲の話であることの方が多いくらいだった。
もちろん、子供の頃には、「ピアノを勉強するために、交響曲も聴いておこう」などとう意識は全く無かったが、やはり好きで聴いていたのだろう。
でも、ベートーベンのバイオリン協奏曲なんて聴かされすぎたせいか、オイストラフ意外のバイオリン独奏だと、今でも少し変に感じてしまう。
ブルクミュラーの25練習曲に、「狩(狩猟)」という曲がある。
今週のはじめにレッスンした生徒さんにとっては、譜読みが楽でもあるこの曲は1週間で弾けるくらいなので、テンポも100くらいで弾けていた。

しかし、その演奏も予想の範囲内(あまり良くない意味で)だった。
ミスなんて全くしないが、リズムが出ていないし、フォルテとピアノの幅がまだまだ狭い演奏。

「少しおおげさに弾くけど、自分が弾くならこんな感じだよ」
と、リズムも強弱もかなりおおげさに強調して弾いてみせたら、生徒さんも少し驚いた様子。

この生徒さんは、丁寧に弾くことが多いし、練習してこないということもない。
だが、演奏は小さくまとまっていて、そういった雰囲気に合っている曲もたくさんあるが、まだ初級者のうちから、そんなおとなしいピアノ曲ばかりではなく、どんどん世界を広げてほうが良いように思うのだが。

今回の「狩」は、音楽を表に出すように弾くには、いい曲かもしれない。弾くことは簡単だから、いろんなことにかなり気を使えるし、しっかりとしたフォルテもだせるように弾いて欲しい。
昨日の続きのようなことを少し。
教則本などに関しては、生徒さんに合わせて選択してみたり、話題になったものを使ってみたりと、特に決めてもいない。
昔ながらの主要和音と定型伴奏系が延々と続くようなタイプも、初級から幅広い音域と多様な響きで進行していくタイプも、どちらも良いところはある。
それに、1冊をずっとやるということは無いので、タイプの異なる2冊か3冊を順調に進ませると、ほとんどの場合は何かの技術や特定の音楽に偏ることない。

そこで重要になってくるのは、ピアノを弾くということの、何に重点をおいてレッスンをするのかということ。
当然、ピアノを弾く全てのことが、順調に伸びていくのが理想。
だが、そうはならない場合のほうが圧倒的に多いだろう。

この「初級者の子供のレッスンで、どこに重点」も、実は自分の中では二転三転している部分もあって、音感、リズム、手(指)の形(フォーム)、指の動き、姿勢、読譜力、などなど重要なことはたくさんあるのだが、これまでにレッスンで重要だとする部分を、微妙に変えてきたこともあった。

そして、現在のレッスンで重要視しているのは(他のポイントを軽視しているという意味ではなく)、
「リズム」と「読譜力」だろうか。

「リズム」・・・一応普通に弾けている演奏でも、拍のリズム、音符のリズムをしっかりと把握して演奏できていないと、やはり先の段階に進むと苦しい。だが、これは本人が気がつきにくいし、周りも意外に気がつかないもの。

「読譜力」・・・楽譜を読む力は、どんなにあっても困らないから、どんどん読んでどんどん弾ける力といいだろう。短期間で伸びる力ではないからこそ、初級段階でも重要かもしれない。

などと考えてレッスンをしている。
自分はレッスンの方針ようなもの、たとえば「これとこれはやったほうが良い!」ということに、実はあまり信念のようなものはない。
自分がこれまでにやってきた練習方法や練習曲などを、そのまま生徒さんにやらせることもないし、一時期「これは使える方法だ」と思って生徒さんにお勧めしていた指の練習方法も、今はレッスンでは全くやらなかったり。

でもこれは、今では当然だと思っている。
何かが正しいと思った瞬間から、それ以外は見えなくなる危険性もあるだろうし、いつだってさらに良い方法というのは、出てくるものだろう。

ひとつの例としては、ブルクミュラー25練習曲は、一時期はあまり使っていなかったが、この数年はまた多く使うようになった。
これが初級者くらいにとって、最良の曲集だと思っているわけでもないが、次へのステップとしては技術的にもよく作られており、1曲の中で練習の目的もはっきりさせやすいのが特徴だろうか。
ただし、全部弾くか、一部の曲のみにするのかは、生徒さんの実力なども考えて決めることにしている。

だが、ブルクミュラー25と同レヴェルの曲集は、無数と言っていいほど存在しているので、時がたてばまたあまり使わなくなる可能性もあるだろうか。
他のピアノ指導者さんと、不定期にピアノの練習会をやっているが、今週はリサイタルやコンサート、音楽祭などでも活躍中のピアニストDさんを交えての、3人での、少し特別な練習会をした。

練習会といっても、堅苦しいものでもなく、お互いの演奏などについての感想や、どういった感じで聴こえているのかの確認など。
場所もどこかピアノの置いてある貸スタジオや貸練習室でも良かったのだが、今回は自分のレッスン部屋で。

今回参加のピアニストDさんは、いつも数多くのステージをこなしているだけあって、きわめて高度なテクニックや迫力のある演奏は当然のこと。これだけでも、やはり普通のピアノの指導者さんとしてやっている方や、練習しない教授などとは、明らかにレヴェルが違う。

そして、ピアノという楽器から出せる音のニュアンスの幅、音の質の種類がとても多いと言ったらいいのだろうか。このあたりもさすがという印象だ。
自分のいつものピアノから、「こんな音の表現もできるのか」ということを、あらためて感じた練習会だった。
「だいたい弾けているのですが、一度テンポを落としましょうか」
と、大人の生徒さんでバイエルの終盤、103、104をやっている方に言ってみた。

もう少しゆっくりに弾いていた時には、クレッシェンドもアクセントも十分に意識して弾けていて、かなりまとまりのある演奏だったが、ほんのわずかのテンポアップをしてみると、103番は左手の伴奏系がギコギコとしてしまい、104番は指は動いているが、サラっと流れるような感じに。

だが、悪いというほどでもなく、以前の指導者さんの時からはじめたというバイエルも、もう残り少しだから、だいたい仕上がったら終わらせても良いようにも思える。
それでも、本人も「最後の100番台はできるだけしっかり」という希望なので、103も104番も、もう一度ということに。
確かに、難しくない曲の時期にしっかりとやると、後からが進みやすいので、少しゆっくりのペースもいいのだろう。
今月は中旬から下旬にかけて、いくつか足を運んでみようと思っているコンサートがある。
どれも、それほど規模の大きなものではないが、自分は最近は大規模なコンサートよりも、少し小さめの演奏会へ行くほうが多いかもしれない。

その行く予定に入れているコンサートの中で、ひとつ気になる曲目の並んでいる。
現在音楽を学んでいる学生や、現在は高校などで教師などをしているが意欲的に勉強をしている人たちのコンサート。
当然のように、今力を注いでいる曲目が入っていて、コープランド、デュティーユ、メシアン、ショスタコビッチなど。自分も好きな曲もあり、なかなか充実のプログラムにも見えるのだが・・・

演奏会場は大学や学校のホールではなく、一般の音楽ホールであり、安い価格設定で一般の方に多く聴いてもらいたいと思っているはず。
しかし、この並んでいる曲たちは、なじみ深い曲や、知らない人が聴いてすぐに入り込めるような曲は一つもない。
もちろん、わかりやすい曲のみを並べれば良いわけではないが、聴くのは同じ学生や教師、教授などではなく、クラシックにも馴染みのない聴き手ということを考えれば、もう少し工夫も欲しいようにも。
さて、当日の聴衆の反応はどんなものだろうか。
レッスンがうまく進むようになると、いろいろと指摘をする以前に、譜読みの段階からいろいろと演奏を考えたり、工夫をするように生徒さんもなってくる。

ある生徒さんは、2ページほどの小さな曲を、1週間で一応最後まで弾けるようになってきて、楽譜の指示どおりのデュナーミクも、そして音楽から感じた雰囲気も表現しようとしている気配があった。

だが、同じようなテーマが繰り返えされるところで、
「1回目は大きくて、2回目は小さく」といった感じで、いかにも「そのようにやっていますよ」という演奏に聴こえる。

もちろん、本人は変化をつけてので良いと思っているし、悪くないようにも聴こえるのだが、少し意地悪な言い方をすると「私は書いてあるようにやっていますよ」と、説明しているような演奏に聴こえなくも無い。

そこで、
「この部分では確かにそうだけれど、曲全体のことを考えたときに、そのメゾフォルテとメゾピアノのバランスは、どういった感じだと思う?」
と聞いてみた。
これだけでは十分に伝わらないが、演奏なども交えていろいろと話してみるし、今すぐにわからなくてもいい。
もちろん、「その部分は、そんなに極端に差はつけないで弾くように」と言えば簡単で、生徒さんもそうするのだろう。
でも、毎回それでは面白くない。
譜読みに関してもう一つ。
今週のレッスンで、ある生徒さんが弾いた曲は、音の読み間違いなどはしていないで、リズムが正確性に欠けている。
既に弾く前から知っている曲だったので、聴いている演奏が頭に残っていて、なんとなく弾いている感じでもあるのだろう。

それでは、楽譜をしっかりと読む習慣からは遠いので、
「その箇所ですが、付点8分音符と16分音符の組み合わせのようなリズムで弾きたくなる気持ちもわかります。事実それに近いような演奏をしている人もいますから。
でも、CDなどの演奏がそうだから、そうするのではなく、まず、楽譜どおりの普通に8分音符2つで弾いてみてください」
と言ってみると、

「はい、無意識にリズムを変えていたみたいでクセになっているので、もう一度しっかり読んで、弾いてみます」
と言ってくれた。

これは、聴いて知っている曲を弾く時には結構あることだと思う。
知っている曲は譜読みをするのが楽な傾向にはあるが、拍を無視したような演奏や、リズムの不正確な演奏になる場合もあるので、注意したい。

「おっとストップ、止めますよ。
そこで、テンポをあげてもいいけれど、テンポ感は維持して弾くようにしないと。特定の音符だけ飛び出したように速くて、次の音で急に戻るような、テンポが崩れるような演奏になっているよ」

「よく楽譜を見ること。
この休符は8分休符。あなたの演奏では、4分休符以上になっていて、流れが止まったみたいに聴こえるけれど?」

「ここのP(ピアノ)は、もう少し弾いてもいいように思うけれど。この後からPが2つになって、さらに3つになる箇所も出てくるよね」

という感じの指示のレッスンをよくやるが、
これは、自分で生徒さんに言っていて、「自分も気をつけなくては・・・」と、いつも思ってしまう。

つまり、他人の演奏だからこそ、そういった基本的なことや、ポイントを即座に判断して指示や提案ができるが、自身の演奏ではなかなかそうはいかない。
自分の演奏というものは、それくらい判断が難しいのは、いつも言っているとおり。

その証拠(?)に、つい数日前に自分で練習をしていて、もうすぐ仕上がりのつもりの曲で、ありえないような譜読みのミスを発見してあわててしまった。
しかも、驚愕するほどの単純な譜読み違いで、あわてるというよりは、あきれたと言ったほうが正しいようにも・・・。

でも、本当にそれくらい、自身の演奏というのは、冷静に判断できないものなのだろう。
「持っているCDを聞いてみたら、楽譜と違っているみたいですが・・」
と、生徒さんが言う。
と言っても特別なことでもなく、ピアニストが演奏効果を高めるために、楽譜よりもさらに1オクターブ上の音から音階を下ってきて演奏をしている箇所であり、CDの録音は古いせいかそうなっていたようだ。

それを説明すると、
「へぇ~そういうのがあるのですか。でも、そんな習慣のようになっているなんて、わかりないですよね」
と言われてしまった。

だが、そのとおりかもしれない。そういった演奏効果を高めるために、音を足すような習慣は、過去の偉大なピアニストなどがやりだしたものが定着したケースが多いだろうが、やっていい、悪いといった根拠のようなものもあいまいかもしれないし、実際にレッスンで習ったり、録音をたくさん聴いたりしないとわかりにくだろう。
たとえば、リストを弾くときなどは今でも編曲のようにたくさんのピアニストもやっているが、ショパンでは最近はやらないことが多いだろうか。
いろんな考えもあるだろうが、最後は好みかな。
知人のピアノ指導者さんで、ほぼ出張形態のレッスンのみという方がいる。
指導者さん宅にピアノはあるのだが、レッスン室という形態を現在のところうまく作れていないせいもあり、生徒さん宅への出張形式レッスンに限定しているのだが、評判の良い人であり生徒さんの数もまずまずのようだ。

その指導者さんから先日聞いた話では、少し困ったこともあるようだ。
出張式のレッスンは、生徒さん側にとっては、指導者が家に来るので、親が子供を送り迎えする必要もなく、家でのレッスンなので様子も把握しやすい利点もある。
しかし、生徒さんの自宅であるために、指導側も遠慮するようなレッスンになりがちで、
「このあいだなんて、リビングにピアノを置いてある生徒さん宅でのレッスンだったけど、レッスン中なのに母親がいきなり大音量の掃除機でリビングの掃除を始めて・・・レッスン時間なんて小学生だから40分くらいなのに、待てないのかしら」
と思ったそうだが、その母親には言えなかったそうだ。

その母親は指導者を呼んで子供にピアノを習わせているのに、あまり関心も無いのだろうか?いや、子供がピアノを習っていることに無関心というレヴェルも通り越しているようにも思える。
少し前にバイエルの103番を弾いていた大人の生徒さんだが、かなり確実性が出てきて、指の動きにもスムーズさとコントロールでの上達がみらえるように。
次の104番も弾くようになったが、こちらも安定して弾けるようになった印象だ。

だが、それくらい弾けているからこそ、大事なことは拍子の拍感をしっかりともって弾くことだろう。
意識していると大丈夫なのだが、少し苦手な部分になると無意識に左手の3拍目が強くなったり、3拍すべてが同じような感じになるなどは気になる点だ。

そして、そういった演奏を改善することは、「生徒さん本人が思っているよりも、どんなに大切なのか」を理解してもらう必要がある。

だから、自分も同じバイエルを弾いて解説もするが、その他にも適当に3拍子のワルツなども弾いて、拍子にのった演奏、そうではない演奏を数種類聴いてもらい、感想も聞きながらのレッスンをしてみる。

すると、生徒さんは、
「今までも意識はしているつもりだったのですが、もう少しやってみます。自然な感じに聴こえるためには、ただ無意識に弾いていたのでは出来ないものなのですね」
と言っていた。
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