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ピアノを長年習っている方の中には、ハイドンやモーツァルトやベートーベンのピアノソナタなどはかなり多く弾いたという方も多いと思う。
これら古典のソナタをたくさん勉強することは非常に実力になるから、自分も白髪爺さんからはよく
「わかるか、ベートーベンを弾かないうちにロマンや近現代なんて弾けないし、モーツァルトのオペラをたくさん聴いてからソナタを弾くことをやらないで、何をやるんだ?」
などと言われたものだった。

そうして、たくさん弾く古典ソナタと同じく重要だと言われたのは変奏曲で、これも実力の蓄積に欠かせないと何度も言われた。
モーツァルトなら、ピアノソナタの「トルコ行進曲つき」の1楽章なども変奏曲だが、これは簡単ではないので変奏曲をあまり弾いたことがない方がいきなり挑戦するには少し難しい。

そこで、自分が生徒さんにもお勧めすることが多い、弾きやすい変奏曲といえば、モーツァルト「デュポールのメヌエットの主題による変奏曲 K.573」。
変奏の数も多くなく、変奏が最後のほうになっても主題の形がわかりやすく残っているので弾きやすい。
そして、この変奏曲を使って、変奏曲の様式を学ぶことができて、それがわかると、変奏曲というのは、主題がただ次々と形を変えただけではないことがわかって面白い。
持ち曲に余裕がある方はぜひ。
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子供でも大人でも、ブルクミュラー25の練習曲を使われている方は結構多いと思う。
自分も、生徒さんの希望なども考慮して使っているが、25曲全てをやっていく場合もあれば、適度に抜粋して15~20曲前後で終えることも。
抜粋でやっていっても、序盤の10曲ほどは順番どおりに進めることが多いだろうか。

序盤では、「3番 子供の集会」の3度和音が少し難所で、「7番 清い流れ(澄みきった流れ)」は楽譜の見た目よりもかなり難しく序盤のひとつの山だろう。
また、「8番 優美(優雅な人)」のターン系の連続は、音がかすれてしまったり指がうまく動かない方もいる。
逆に弾きやすいのは、「5番 無邪気」や「6番 進歩(前進)」など。
どちらも、スケール(音階)がそれほど不得意ではない限り、意外に弾きやすい。

以上は、自分が感じていることと、実際にレッスンで生徒さんに教えての感想。
しかし、皆がそうだとは限らない。
先週「8番 優美」を終えた小学生の生徒さんは、軽やかな指の動きでターンが連続するこの曲をかなり楽に弾いていた。

だが、先月弾いていた「6番 進歩」はなぜか苦戦気味だった。
スケールを弾く技術に特別な問題点がある生徒さんではないのだが、音の粒がそろわなく、途中が左右のバラつきも目立つなどの問題点もあり、仕上がりまでに5回のレッスン期間を要した。

その人にとって何を難しいと感じるのか、どんな曲を弾きやすいと感じるのかは違うもので、こういうことはよくあるが、このような初級段階では、不得意曲で少し期間がかかってしまっても、避けてしままわない方が後からのためにもよさそうだ。
自分と交流のあるピアノ指導者Tさんのところに、N先生という、一般的には偉いとされている先生のところから生徒さんが来た一人来た話を以前に書いたが、その後はどうなったのか。

ピアノ指導者Tさんによると、
「音楽の拍子のことから、鍵盤に触れる指から、楽譜の読み方から、もう根本から指導をしていくつもりでだけれどね・・・
前にも言ったように、その子もお母さんも妙な自身たっぷりだから、全てを一気に改善させるような指導じゃなくて、少しずつポイントを絞って良くしていけたらね、いいのだけれど・・・」
ということらしい。

確かに、指導者Tさんの言うように、いくつかの点を良くしながら、次第に全体的に良い方向へ持っていく方が、生徒さん本人のためにもいいだろう。

だが、
「この生徒さんね、既にある程度の難易度の曲を弾いてしまっているからね・・
現在の難易度をそれほど下げずに、弾き方を良くしていくのは難しいレッスンになりそう。
特に、ひとつの歌うフレーズがあると、その最後の音を押すように強く弾くクセが、かなり強烈に染み込んでいて、
何回か説明や実演もしながら、
『その音を押すと、音楽の流れが止まりそうだよ』と指導もするけど、これはすぐには解決しないかなぁ・・・」
ということにもなっているようだ。
単純な曲数で数えてしまうと、やはりたくさん弾いているのはバッハということに多くの人がなるのではないだろうか。
バッハは常に弾いているという人も多いだろうし、インヴェンションや小さなプレリュードなども個々に1曲に数えると、やはり数十曲(百曲くらい?)を弾いていることになる。

だが、他の作曲家はピアノ曲にもいろいろなタイプや長さのものがあるので、たくさん弾こうと思っても限りがある。
だから、練習会でもご一緒する指導者さんの言うように、確かに有名曲で意外にも弾いていないものはたくさんありそうだ。

この指導者さんは、「ドビュッシーはほとんど弾かない」と言っているが、2曲くらいは手をつけたことはあるくらいで、今では完全に弾かないらしい。

もちろん、生徒さんのレッスンでは譜読み程度には弾くし、難しい箇所の弾き方の見本演奏もやるが、
「ドビュッシーをレパートリーのように、曲の始めから終わりまでしっかりと仕上がることは、きっとないでしょうね・・・
たくさんの作曲家をとにかく弾く時期というのが誰にでもあると思うけれど、私はもうそんな時期過ぎてしまったような気がするから、この先ドビュッシー響きを心が求めたり、シューマンの理屈っぽさを解読するように弾きたいと思うことは、ないでしょうね・・・もちろん、急に好みが変わるかもしれないから、わからないけれど」
とのことだった。
練習会などで時々会うピアノ指導者さんが、先日生徒に質問されたことは、
「ショパンの『軍隊ポロネーズ』は私には弾けるくらいの曲ですか?」
ということだったらしい。
この指導者さんは、軍隊ポロネーズをしっかり弾いたことが無かったので、だいだいの判断で「あなたには何とか弾けそうよ」と答えたそうだ。

そして、
「ピアノの指導者というと、生徒側のイメージとしては、有名曲はだいたい弾いたことがあると思っているみたい。
でも、指導者なんて言っても、ほとんどの人は弾いてきた曲は結構限定的で狭い範囲でしょう?
私なんて、つい最近までショパンのノクターンなんて1曲しか弾いたことがなかったし、幻想即興曲も弾いたことないし、ドビュッシーも2曲しか弾いていないし、ベートーベンはレッスンではやるけど今では弾かないし、ブラームスも弾かないし・・・そんな感じかな」
とのこと。

確かにこの指導者さんの言うように、一通りのバロック、古典、ロマン、近現代の作曲家の作品を勉強した人は多いだろうが、それでも数も種類も限られているものだろう。
おそらく、バッハとベートーベン、そしてツェルニーなどの練習曲はかなりの数を弾いた指導者が大半だろうが、ロマン派以降になるとかなり分かれそう。

例えばショパンは皆弾くだろうが、ワルツを少し弾いたらエチュードを重点的に、そしてソナタやバラードという感じでやっていくと、通常は他の作曲家も同時にたくさん弾くので、どうしてもノクターンやマズルカ、ポロネーズにまで手がつけられない人も多くなりそうだ。

また、リストやシューマンも曲数がかなり多いが、専門としない限り数曲弾く程度になってしまう場合もあり、ブラームスやチャイコフスキーになると全く弾いていないという指導者もでてきそうだ。シューベルトも即興曲以外は弾いたことがない人は多いかもしれない。

近現代では、ラフマニノフは結構弾く人が多いが、ドビュッシーは意外に皆が弾くわけでもなく、プロコフィエフやラヴェルとなると全く弾かない人も多い。

しかも、有名曲を
「いつか弾こう」とか「いつでも弾ける」と思っていると、後回しになるというのは、わかるような気がする。
自分も、チャイコフスキーやシューベルトなどをたくさん弾く時期というのは、なんとなく逃してしまったような気もするが、いつか集中的に弾く時期はくるだろうか。
練習曲などの進行ペースが遅い生徒さんはいつでもいるものだが、自分はそれは気にならない方だろうか。
あまりにだらだらとして進まないと、
「来週はここくらいまで弾いてきてね」
と書き入れたり、
「この曲はもう次回で終わりにしようか。だからしっかりね」
などと言うこともあるが、
普段はそれもあまり言わなくても、ペースが極端に遅い生徒さんはいないと思う。

逆に気になるのは自分が想定しているペースよりも早い生徒さん。
どんどん弾いてきて、どの曲もそれなりに完成度が高いと、レッスンをしていて自分もうれしいのだが、心の中では
(少しペースが高速だから、落ち着かせたほうがいいのだろうか?)
と考えてしまうことも。

そう思って、今月からその小学生の生徒さんには、少し難易度が高い曲を課題にしてみたが、それでもペースは変わらずに熱心に弾いてくる様子。
がんばっているというよりも、ピアノが楽しいようなので(母親の話によると)それはそれで良いのだが・・・

そこで、やはり曲の難易度や数で調節するのではなく、レッスン時のこちらからの要求度の高さで上げてみることにした。
小学生だと、あまり難しい説明になってもいけないが、少しずつ技術的要求と音に対する質の要求も高いレッスンにしていっても、おそらく大丈夫だろう。
もちろん、経過がわかるのはもう少し先のことになりそう。
生徒さんご自身の演奏をレッスンで録音して聴いてもらうと、
「あれっ?こんなところで急いでしまっているなんて思いませんでした」
などと、生徒さん自身では気がつかないところで、急に速くなってしまったり、スタッカートでリズムが詰まってしまったりというのが、よくわかるようだ。
また、漠然と流れてしまうようなところも、録音で確認すると気がつきやすい。
こういった現象は、ピアノを弾いている年数がある程度長い人にも結構多くいが、すぐには改善できないのが難しいところ。

だから、初級の段階でテンポを感じて演奏することを、できるだけしっかりと身につけたい。とても簡単な曲を、拍を感じて弾く練習は重要。
テンポをいつも感じて演奏することができないと、頻繁にテンポが変わる曲や、テンポを曲想にあわせて変化させて弾いても良いような曲でも、それができないのは当然。

自在なテンポで弾くというのは、難しいところで速くなってしまったり、逆に遅くなってしまったり、またはメロディーに流されるようにグニャグニャしてしまうことではないが、少し勘違いしている人は残念ながら自分の生徒さんにもいる。
やはり、大事なことは早い段階できちんとレッスンを繰り返すのがいいだろう。
「先生、このアップライトは中古で30年もたっていますが、それほど悪くないですし価格はかなり安いですから、もし誰かいらっしゃったら・・」
と、某楽器店へ行った時に、いつもの店員さんに声をかけられた。
(相変わらず「先生」と呼ばれてしまうのを、本当は「いえ、先生というほど偉くもないので」と訂正したいところだが、毎回言うのもかえってしつこいだろうから、この楽器店ではもう言わない・・・)

さて、その店員さんが中古でもまずまずだというアップライトピアノは、日本最大手メーカーの木目調ピアノ。
譜面台が蓋ではなく、グランドを同じ目の高さにくるようについているタイプなので、おそらく発売された当時は結構なお値段だったのだろう。
弾いてみると、鍵盤のタッチ感も30年経過しているというほどの感じもしないし、音もそれほど古臭ささや薄い感じもしない。
新品と比較してしまうと厳しいが、これくらいの中古で値段はかなり安いなら、ピアノを始めようと思っている入門者には、電子ピアノよりはるかに良いだろう。

店員さんによると、木目調アップライトの中古品は、結構人気があるらしい。
ピアノを居間に置く家も多いらしく、
「黒艶よりも壁紙や家具に違和感無く溶け込む感じが人気なのでしょうね、木目調は結構売れますよ。
それと、木目調の方が、音が暖かいと思っているお客さんもいて・・・同じだと説明はしますけどね。」とのことだった。

確かに、木目調は家に置いてあると雰囲気もいいだろう。今年発売の最高級さんからの第3ブランドも、デザイン性を売り物にしているようだ。
だが、グランドもアップライトも、新品でも中古でも、木目調は黒艶よりも少し高い傾向にある。
デザイン性というのも理解はできるが、木目に予算を使うなら、もう2ランクか2ランク上のピアノを選択肢に入れることができると思うのだが・・・これも好みだろうが。
ピアノを弾いている人は、もしかしたら多くの人がそうかもしれないが、演奏会はピアノ以外の楽器の方が、聴いていて素直に楽しめる場合も多い。

先日はバイオリンの演奏会へ。
ツィゴイネルワイゼンなどの有名曲のほか、ベートーベンのロマンス、ブラームスのソナタなどのプログラム。
演奏は、某有名交響楽団の第1バイオリン奏者。

さて、その演奏はというと・・・
堅実な演奏ではあるものの、バイオリンの弦の響きという最も肝心な要素が薄い印象。
ツィゴイネルワイゼンなどでは会場は大きな拍手ではあったが、それは演奏の素晴らしさに対する拍手というよりも、速いテンポの中で技術的に「よくがんばったよ!」というような拍手だったように思う。

この演奏会には、先日触れたRさんとも一緒だったのだが、そのRさんの感想は
「まあ、なかなか良かったよ。ピチカートが惜しかったけれどね」
という、意外にも(?)甘口なものだった。

だが、Rさんが言うように、これで結構良い演奏だったのかもしれない。
バイオリンというのは、超一流ではない限り、ソロでの高レヴェルの演奏を聴くことはできないものでもありそうだ。
ご自身は楽器類の演奏は全くしない「聴き専門」のRさん所持のCDコレクションは、自分も時々お借りすることもあるが、なかなか渋いものがそろっている。

たとえば、バッハは鍵盤作品はもちろん、無伴奏バイオリンなども。
他にもバロック期は充実していて、スカルラッティやテレマンなども多く並んでいる。

Rさんは
「特にバロック時代前後が最高と思っているわけでもないが、この時代の音楽の音の純粋さのような感じは好きだね。
それと、やはり耳の感覚を養うには、いいと思うよ」
とのこと。

これは結構納得できることかもしれない。
先日もRさんから、パッヘルベルのオルガン曲のCDなども借りて聴いたが、耳や脳に適度な刺激のようなものを感じられた気分だった。
周りには自分よりも遥かに音楽に詳しい知人もいて、いろんな意味で面白い。
その知人のひとりRさんは、昔からたくさん演奏会へ足を運んでいて、CDなども数百枚を専用の棚に並べているが、それでも並べきれないものは箱に入れて保管してあるほどの音楽好き。

楽器演奏などは全くしないし、歌も歌わない。
「聴く」に徹しているような人ということだろう。
だが、古楽器などにも詳しいし、当然演奏家のことも結構知っていて、話はいつも興味深い。

聴き方も、それほど辛口ということもないが、演奏を全くしない人の「厳しさ」のような批評はあるだろうか。例えば、ピアノを少しでも弾けると、
「ああ、この曲のこの箇所は難しいから、これくらい弾ければだいたいいいよね」
という概念がが全く無いから、演奏そのものの判断に明快さがあるのかもしれない。

さて、そのRさんに、
「最近はネット上で演奏を披露している方もたくさんいるので、いくつか聴いてみますか?」と、いくつかのサイトやブログなどを巡回。
Rさんの全体的な感想を少し書くと、
「こういうのも結構面白いね、アマチュアでもいい演奏する大人や、がんばっている子供もたくさんいるね」
とのことだったが、もう一つ興味深いことを言っていた。

「演奏を公開している人は、だいたい自己評価のような『ここをもう少しこうしたかった』なんて感想を書いているけど、この自己評価のような感想を読むと面白いね。
演奏がいい人は、この自己評価が当たっているね。どこが良くないのかがわかっている。
演奏が良くない人は、自己評価も当たっていない。一番大事な改善点を書いていないことが多いよ」
というRさんの感想だった。
「その生徒さんに弾いてもらったらね、ああぁ、やっぱりね・・いかにもN先生に習っていた感じの演奏なの」
と、自分と交流のあるピアノ指導者Tさんは言った。

その生徒さんは、N先生という(少しお偉い?)ピアノの先生に習っていたが、レッスン曜日の関係でどうしてもN先生のところへは通えなくなって、「仕方が無く」ピアノ指導者Tさんのところへ来たらしい。

そして、今までに弾いていた曲をいくつか弾いてもらうと、それが基本的な拍子感は皆無で、伴奏系の音が時々かなり目立っても気にしないような弾き方らしく、Tさんが言うには、
「ようするにね、N先生の演奏と似ているのよ」
ということだ。

改善はレッスンをしながらしていくのだろうが、Tさんが困っているのは、生徒さんのお母さんの勘違いのような意識らしく、
「うちの子は今までN先生に習っていたのですからね、音楽の感性も良いって言われていてねぇ」
という、よくわからないようなプライドがあるお母さんらしい。

その話を聞いて、自分は思わず笑ってしまったが、
Tさんは、
「笑い事じゃないのよ。N先生が良いというわけでも何でもないのは、モリスさんはお分かりでしょうけれど、一般的には『偉いピアノの大先生』だと思っている人もいまだに多いでしょう?
でも、あそこから来た生徒さんはこんな弾き方だし、あのお母さんの意識もそれはもう・・」
と言っていて、本当に笑い事ではない様子だった。
以前に習っていた指導者さんのところの続きとして、バイエルの104番あたりを中心にやってきた大人の生徒さん。
100番前後は結構時間をかけたこともあり、そろそろバイエルを修了にして次へ進むことになり、手持ちの曲集をいくつか持ってきた。

「これ、全部妹のピアノ曲集です。
 私は昔すぐにやめてしまったのですが、妹は結構続けていたので」

持ってきた曲集や練習曲集はどれも少々古くて、書き込みもたくさん。
ソナチネアルバム1巻、ブルクミュラー25番、ツェルニー30番などのほかにも、ロマン派ピアノ名曲選のような曲集が3冊。

「どれが私が弾けそうな本なのか、全然わからなくて。このツェルニーというのは、楽譜を見た感じでは譜読みが楽かなと・・」
などと言っているので、これらの本がどういった内容で、どれくらいの難易度であるのかを、簡単に説明。

「ブルクミュラーはですね、こんな感じですよ」
と2曲くらい少し弾いてみると、
「ああ、聴いたことあります。妹が弾いていたからですね、きっと」

「ツェルニーはですね、こんな感じですよ」
と少し弾くと、
「えっ!そんなに速い曲なのですか。どこを弾いているのか、わかりませんでした。それじゃあちょっと・・」

この大人の生徒さんの実力だと、手持ちの曲集を使うならブルクミュラー25番が現実的だろうか。
あとはソナチネアルバムから簡素なソナチネの2楽章を使ってみることもできそう。
ピアノ名曲選のような曲集は、簡単なところでは「エリーゼのために」や、ショパンの「ワルツ10番」などが入っていたが、まだこの生徒さんには早いかもしれない。

結局のところ、一応はブルクミュラー25を1番から譜読みしてみることに。
そして、レパートリーにもなりそうな曲もやってみたいとのことなので、キャサリン・ロリンの「ピアノの叙情詩」から1曲を薦めてみたら、どうやら気に入ってもらえたようだ。
少し前にも書いたように、先月の8月は演奏会へ行く回数も、いつもの月よりも多かった。

その中でもっとも最近に聴きに行ったのは、中堅のソプラノ歌手と、中堅ピアニスト(歌手の伴奏とソロの両方を弾く)のコンサート。
今回は出演者と特にお知り合いというわけでもなく、コンサート主催者さんからのチケット購入のおすすめ(要するに、付き合いのようなもの)があったので行ってきた。

メインであるソプラノ歌手の曲目は、プッチーニなどの有名なオペラアリアから選曲されていたが、どの曲でも伸びのある歌声を披露してくれた。
中音域で音程が少し不安定にあるところもあったが、それほど気になることでもなく、全体的にとても質の良い歌声。
ステージにとても慣れているように見えて(オペラにたくさん出演しているのだから当然だが)、聴いている側をひきこむような歌は十分に楽しめた。

逆にピアノは冴えが無かった。
1曲目のラフマニノフで、ソステヌートペダルを使うような気の利いた繊細な和音を奏でたので
「これはなかなか」
と一瞬思ったが、そう思ったのも本当に一瞬で、
「どうした?」
と思えるほどのミスタッチの多さと、和音バランスの崩れた演奏が、他の曲でも全体的に続いてしまったのが残念。
後半にはショパンも披露してくれたが、これも不安定さばかりが気になってしまった。

それでも、コンサート全体ということから言うと結構楽しめたから、「お付き合い」で聴きに行くのも悪くは無いだろう。
では、そのような
「漠然と曲の難易度は徐々に上がっていく。練習曲の番号も進む。どの曲も一応は弾ける・・・だけど、仕上がりはいつもあまり良くなく、ピアノを弾くのが初級みたいなまま」
という状態を改善するには、何をしたらいいのか。

もちろん、短期間で劇的に改善するような方法はなく、
「レッスンを重ねる中で、楽譜をもっと読むことや、それを演奏で表現すること、細かいフレーズの弾き方などにも気を配ること、ピアノを弾く根本の指導も入れていくこと、演奏の仕上がりはもっと高いところにあることを実感してもらうこと・・」
などを、たくさんやっていくしかないというのは、多くの指導者さんや、ピアニストの考えだった。

そして、少し具体的には普段のレッスン曲も、どこかで演奏するための曲目も、難易度には多少の差をつけた選曲をすることが、やはり有効らしいとのことだった。

例えば、先日の某公共施設ロビー無料コンサートのような企画(趣味のピアノサークルような人たちの)でも、一人が2曲か3曲を弾いていたが、
多くの出演者が、現時点で弾けるであろうぎりぎりの難易度の曲を2曲か3曲弾いているので、コンサートはいつでも仕上がりが不十分で余裕が無い演奏が続くことになってしまっている。

そうではなく、2曲を披露するなら、1曲は挑戦曲、もう1曲は細部まで仕上げている余裕のレパートリー曲のようにした方が、その場でのコンサートのためにも、そして演奏レヴェルの向上のためにも良いように思う。
先月の8月は、普段のレッスンのほかにも、練習会や特別練習会などをやったり、また演奏会もいくつか行ってみたりなど、いろいろな交流などもあった月だった。

その中でピアノ指導者さん方やピアニストの方などと話をしていて、話題になったのは、
「ピアノを習っている人は、漠然と曲の難易度は徐々に上がっていって、一応それなりには弾ける人も多いけれど、曲の仕上がり具合は初級の時とあまり変わらなかったりする人も多いように思う」
ということだった。

これは、子供もそうだが高校生や大人でもそうかもしれない。
たとえば、先日のある公共施設のロビーのようなところで行われた無料のピアノの演奏会では、弾いている出演者は一人以外は皆専門的ではなく趣味でピアノを弾く人(サークルのようなもの)だったが、
リストやラフマニノフ、ショパンといった有名曲や技術的に難しい曲の演奏もあったが、多くの方がそういった曲を弾く領域には、届いていなかった。

それは、人前だから緊張しているという問題ではなく、あきらかに初級ピアノのようなレヴェルから抜け出していないのに、難曲を何とか形だけ演奏にしている感じだ。

趣味のピアノであるし、コンサートで入場料金をとっているわけでもないから、どんな演奏になっても弾きたい曲を弾くのも悪くは無い。
でも、ご本人さんたちだって、本当はもっと自在に弾きたいはずでは?
もちろん、指導側の問題でもあるのだろうけど。
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