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少し前に、湯山昭の「ワルツ」を弾いている大人の生徒さんのことを書いた続きを。

かなりしっかりと弾いていて、少し難しいと思われた後半も良くなってきたのだが、やはり冒頭からの3拍子のリズムが課題だろう。
左手の3拍目がどうしても強くなる傾向があり、そうならないように意識して弾き始めるのだが、途中からその意識が薄くなってしまい、3拍目がだんだん強くなってくる。

生徒さんも、
「どうして3拍目が強くなってしまうのでしょう。意識しているつもりでも、なかなかできなくて・・・」
と言うので、
自分は、
「3拍子を意識して練習する時に、4小節のまとまりで練習して、拍子感がうまく出来たら次の4小節という感じでやってみてもいいかもしれないですね。
そうやって脳にしっかりと拍子感を叩き込まないと、あなたにとって3拍目が強くなってしまう弾き方は、きっと脳が楽な方向なので、意識が薄いとすぐにそちらへ行ってしまうのかな」
と言うと、
生徒さんは、
「そうです、そうです!3拍目が強い弾き方はすぐにできますから、きっと私の脳はそれが楽です。
でも録音して聴いたら明らかにかっこ悪いので、意識してもう少しやってみます!」
と言っていた。
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全くのピアノ初心者さんを、どのようにレッスンしていくのかは、年齢などによって異なるだろうが、小学1年生くらいの場合、自分のレッスンでは最初から楽譜も使って説明をして、楽譜と鍵盤の一致、そして弾く動作も同時に進めていく。

夏からピアノをはじめた小学1年生のYさんは、楽譜の理解がスムーズなのでレッスンはやりやすい。
3ヶ月くらいだから指の動きなどはまだまだ全然なのだが、それでも課題にした曲はレッスンで1度一緒に譜読みをしておくと、次にはしっかり弾いてくる(とても簡単な初心者レヴェルの曲だが)。

そこで、先週は初めてただ課題曲を指定するのみにしてみた。Yさんは全く知らないメロディーの2ページの曲(某曲集のオリジナル)で、お手本演奏も無しで、事前の説明もしない。
これでどのくらいやってくるだろうか・・・。

そして今日弾いてもらったが、まずまずといったところだった。
指使いがあやしいところは説明して訂正しその場ですぐに練習してもらったが、音の高さはト音もヘ音も読めているし、音の長さをきちんと数えて弾けている。
ここまでくると、譜読みを自らの力だけでやってレッスンを進めることができるスタートラインにたったと言える。

この基本的な譜読みのスタートラインは、非常に重要なことで、あとは音符の種類やリズムのパターンが増えても、説明を適度に加えるだけで大丈夫。
ちなみに、自分の妹は小学生の4年間習ったピアノで、バイエルは修了できずに、しかも先生のお手本演奏がないと全く弾けない状態だったようだ。
レッスンをしていると感じるが、非常に素晴らしいバランスの響きをピアノから引き出せている人というのは、やはり少ない。
それは、自身のピアノ演奏を聴けていないということだろうが、それ以前に「ピアノの響きの素晴らしさ」というものを知っていないと、それを目指すこともできないし、それよりもっと良い響きを求める想像力や感覚も働かない。

例えば、今週のレッスンで、ある生徒さんは気持ちよさそうにシャーの「チャルダッシュ・ラプソディー」を弾いていて、後半は指もよく動いていてリズムにも乗れている感じではある。
しかし、前半が良くない。それほど和音に厚みがあるわけではないが、4つ5つという音の重なりを弾くときに、どういった響きを出すのか意識していないので、雑然としている。

「どんなバランスの響きにしたい?
(弾いて聴かせて)
こんな感じ?それともこんな感じ?
同じような左手の伴奏が続くけれど、3つの音の和音でも、どの音を出すのか、出さないのか。そして右手とのバランスも聴いて考えて。
この前半は、もう少し意識して試しながら弾いてくるといいよ」
といった感じで指摘してみると、
「前半のことは、あまり考えていませんでした」
と、生徒さんは正直に笑って答えていた。

この生徒さんは、小学4年生という年齢では、一般的にはかなり良く弾けているとは思われるが、弾く曲を感じて、そこからさらにピアノを響かせていくというレヴェルにはかなり遠いのが現状。
ただ、本人の中にそうした意識も少しずつ育っているようにも思うので、これからが楽しみではある。
「なかなかよい感じに仕上がってきたと思うけれど、どうします?もう1回やってみますか?」
と、自分は生徒さんに聞いてみると、
「はい・・・ええ、だいたい良いかなとは思うのですが、響きが少しイメージに遠いようにも思えて・・・」
との返答。

この生徒さんは、特に難しい曲を弾いている段階でもなく、ショパンのワルツ10番や、ドビュッシーの小品の「夢」など。
大人になってから再開してまだそれほど期間は過ぎていないので、今は指を動かすような短い練習曲も入れているが、主に弾く曲は響きや情感で勝負するようなゆったりとしたものが中心。
最近では結構弾けているのだが、響きをつくるということに関しては課題は多く、それは生徒さんご本人も自覚はしている様子。

だが、絶妙なバランスで弾くことは、ピアノを再開して数曲レッスンしたくらいですぐに出来るわけもなく、少しずつ向上させていくしか方法はない。
無意識に近い状態でも響きをつくれてしまうようなレヴェルで弾ける人は、現実にはそう多くないもの。

だから今回は、
「響きのイメージに近づくには、この曲ばかり弾いているよりも、たくさん弾いた方が近道だと思うので、今回のドビュッシーはこれで一応良しとしましょうか」
ということにして、生徒さんは次曲はチャイコフスキーの「四季」から1曲選択してくることになった。
時々やっている練習会というのは、レッスンとは異なる。
当然だが、金銭のやりとりは無いし、弾く曲はある程度は仕上がっている必要はあるが、弾く曲に関しては事前に知らせる必要性もなく(知らせてもいいが)、他の人が弾く曲を熟知している必要もない。

だから、例えばいつもの相手の指導者のTさんが、今回はラフマニノフのエチュードから2曲、今回はラフマニノフのプレリュードから1曲とハチャトリアンなどと弾くが、自分は曲は知っていても弾いたことはなかったり、遊び程度には弾いたことがあるが詳しく知らない場合も。
自分もドビュッシーの前奏曲集や子供の領分、他にもバッハやアルベニスなども弾くが、指導者Tさんも弾いたことがある曲はほとんどない。

レッスンではないので、細かいことよりも、「どのように聴こえているのか」という感想を率直に述べたり、弾いた側から積極的に感想を求めるのも、練習会の良いところ。
例えば、指導者Tさんから
「この箇所は一番の盛り上がりだけれど、そう聴こえている?」
などと聞かれたら、
自分は、
「その盛り上がりは良い感じだけれど、その少し前から既に大きくなり過ぎかもね」
と答える感じだろうか。

自分も、
「ここは今は1拍でペダル踏みかえをしているけれど、どう?」
と聞いてみると、
指導者Tさんは、
「頻繁に深く踏みかえよりも、そこは浅く踏みかえか、もしかしたら踏んだままでもいいかな」
と答えてくれたら、その場で自分もすぐに試してみるといった感じだ。

基本的には、好きな曲や得意な曲、専門分野の曲などを弾くのだが、時には異なる視点からの感想をもらえるのが面白いし勉強になるので、この先も練習会を少しずつ広げていこうと思っている。
何度か書いているが、自分は他のピアノ指導者Tさんや時には特別参加のピアニストさんと、不定期に練習会を行っている。
そのいつものピアノ指導者Tさんが、先日の練習会で、
「私がモリスさんと練習会やっていることは、周りの音楽関係の人に言ってもいいのですよね?」
と聞いてきたので、
自分は、
「え?はい、特に問題ないですよ。言ってもいいですが、何か・・?」
と答えたが、質問の意味がよくわからなかった。

すると、ピアノ指導者Tさんは、
「もうすぐ開かれる合同の演奏会に、私はピアノソロで出演するから、こうして練習会も役立っているのだけれど、
先日偶然会ったあのN大先生にね、
『Tさん、演奏会に出るんだって?レッスンしてあげるわよ』
と言われたの。
どう思います?」
とのこと。

この話を聞いて自分は驚きもあり笑ってしまったが、
Tさんは、
「まあ、他人が聞けば笑い話でしょうけどね、笑い事じゃないのよ。
N先生とは、モリスさんもそうでしょうけど、私もほどほどの付き合いはしているけれど、まさか『レッスンしてあげる』と、上からの視点で言われるとは思っていなくて・・・。
それでね、練習会の話なども思い切って今度してみようかと。
つまり、『N先生も、私とモリスさんと一緒に、練習会で弾きましょう』とね」
言っていて、
自分もそれは納得であり、
「そうですね、誰かがN先生にそう言ってあげることが、必要ですねおそらく」
と同意したのだった。
他にもピアノ担当者さんは、こんな話もしてくれた。
「ピアノは中古でも安くない買い物ですから、最近は事前に調べたり勉強されてから来店や問い合わせをするお客さんも多いですよ。情報が入りやすい時代ですしね。

中には、最初からメーカーや機種指定だったり、『カタログにはこんな説明が書いてあるが、これはどのように良いのか?』などと質問される方もいます。

ただですね、答えに困る質問もありますよ。
特に国産ピアノはモデルチェンジが早いですが、パンフレットに『○○を採用』とか『○○の素材を厳選』、『○○が改良』なんて書いてあるのを見て、
『じゃあ、どこが変わったの?前より良くなったの?」と言われても・・・
これは、正直言って何とも言えない場合もありますし、ピアノの本質は生まれて今すぐわかることじゃないですからね。
うちには、調律師もいてきちんと説明はするのですが、家電製品みたいな感覚のお客さんもいますからね・・・」
とのことだった。
先日、楽器店へ自分が行った時に、ご商談コーナー(?)のようなところでは、ちょうど御成約というところだったらしく、親子が笑顔で楽器店をあとにしたところだった。

「どんなのが売れたのですか?」
とピアノ担当者さんに聞いてみると、
「これです、中古の消音装置付のアップライトですよ。マンションだし、子供も小さいから、一応これで弾いてみるというお話でした」
とのことで、
「もしかしたら、将来は買い替えがありそうな印象はしましたね。子供さんよりも、あのお母さんの方がピアノが好きみたいですから」
ということでもあり、楽器店にとっては良いお客さんのようだった。

それから、ピアノを話などを、ピアノ担当者さんと少し。
最近の苦労した話として、良いと思って展示していたピアノが、意外にもなかなか売れずに長期間の展示品となったしまった話など。
ピアノ担当者さんは、
「今、これくらいの予算内で選択するなら、『あのメーカーのあれとか、あそこのメーカーのあれがお勧め』というような、旬のようなものが、少しはありますが、購入者側の希望と合うとは限らないのが、また難しいものですね・・・」
とのことで、話を聞かせてもらい、ピアノという高価な楽器を扱うことの難しさを感じた。
「楽譜を見たときには、『ああ、簡単そうだからいけそう』だと思ったのですが、そうはうまくいかないものですね」
と言ったのは、ピアノを習い始めてからまだ1年くらいで、コツコツとがんばっている大人の生徒さん。いつも仕事が休日のお昼にレッスンにやってくる。
初級の教則本は1冊を終えて、いろいろな曲とブルクミュラー25なども弾きながら、ゆっくりではあるが確実にレヴェルアップしているのは素晴らしいが、
「うまくいかない」
と言ったのは、湯山昭の「こどもの国」の「ワルツ」ことだ。

「こどもの国」と題された曲集だが、雰囲気の良い曲がたくさん入っていて、大人でも十分に楽しめる。
特にこの「ワルツ」は、初級くらいのレパートリーを集めた他の曲集にも入っている有名曲だろうか。

技術的には特に困難だということもないが、「うまくいかない」というのは、やはり3拍子を徹底するのが課題。
もう一つは、左右の手でスタッカートとスラーの違いを明確に弾くこと。
これらを気にしないで、ただ漠然と弾くなら誰にでもできそうだが、この生徒さんは、
「ピアノって、結構頭つかいますね。しっかり弾こうと思ったら難しいですが、楽しいです」
と言ってくれるのはうれしい。
場面の変化をしっかりとらえて弾くということは簡単ではない。
難易度の高い曲になると、例えばベートーベンやショパンでもかなり頻度で雰囲気を弾きわけしなくてはならない場合も多いし、シューマンやドビュッシーなどでは、数小節くらいで頻繁に場面の切り替えが必要な曲も多い。
それが出来ないと、一応は弾けているけれど、なんだかだらだらとしていたり、全てがガツガツしたような演奏になってしまうことも。

難しい曲ではなくて、明確に数箇所で分かれているような曲でも、しっかりと表現することは容易でもない。

例えば、自分のところで、先日まで有名なランゲの「花の歌」を弾いていた生徒さんがいるが、
これほどはっきりと雰囲気が異なる部分から成り立っている曲でも、盛り上がったアルペジオの箇所の後に、再びテーマが出現するとき(「花の歌」をご存知の方ならおわかりでしょう)、その盛り上がりを引きずったかのようなテーマの弾き方になってしまうのを、生徒さん本人も自覚しながら、なかなかうまく弾けないことがあった。

これは結局は演奏者本人の意識の切り替えを、きちんと鍵盤に伝えられるかどうか、ということになるから、練習の時に十分に意識して切り替え作業をしてみることが大切だろうか。
それを積み重ねれば、頭の中で少し深呼吸するだけで、容易に場面転換を鍵盤に伝えることができると思うので、質の良い練習を積み重ねたい。
バッハを常に弾いて、歌の要素や鍵盤を深く弾くこと、舞曲の様式感などもたくさん経験できると、他の作曲家を弾くときにも非常に有効であることに気がつくと思う。

多声音楽的な要素は、どんな作曲家の曲にもあるものだが、ハイドンのソナタにも多声的な部分がある曲は多いし、そして複数の旋律の絡み合いということでは、シューマンなどもそうした要素をたくさん持っていて、これらを弾くときにも、バッハで得た奏法というのはとても役立つ。

もちろん、バッハを弾いていないと古典やロマン派の多声部分を弾けないわけではないが、多声音楽には慣れがある程度必要~耳にも手にも~だろうから、できれば初級段階から多声音楽に触れていたい。
最近はそうしたことを意識しているのか、初級くらいで弾ける多声音楽のピアノ曲集がかなり充実しているので、自分もレッスンに取り入れている。
小学生くらいの初級段階から
「多声音楽は楽しい」
と思ってくれたら、きっとインヴェンションもシンフォニアもどんどん弾けるようになってくれるだろう。
そうして白髪爺さんのレッスンでは、自分はバッハは絶対に常に弾いていたのだが、面白いと感じることも少なく、3声や4声の曲も仕上がりはおそらく良くなかったのだろう。

それに、バッハは新しい曲になるたびに、準備がかなり大変であることは、バッハを弾かれる方ならおわかりだと思う。
通常は、ヘンレなどの原典版の楽譜のみで、すぐに弾けてしまうことが少なく、たくさんの校訂版を参考に見比べて確認する作業に時間をとられる。

だが、それが良かったのだろうか。
いろんな楽譜を見ると、モチーフがわかりやすいようにスラーなどもたくさん書かれていて、解説などもついているものもあるが、そうした楽譜をたくさん見比べながら常にバッハを弾いていて、
「ああ、バッハはいつでも歌がいっぱいの曲なんだ」
ということに、ようやく気がついたのかもしれない。
もちろん、それまでにもモチーフ、そしてテーマや対位句のようなものは意識はしていたが、実感は薄かったのだろう。

バッハは歌だ、と思うことができると、弾くのは結構楽しくなるもので、どうしてもロマン派のような劇的な盛り上がりはないが、バッハ→ショパンという流れを感じることができると思う。
以前に行ったあるところで、ヘンデルをとても楽しそうに活き活きと弾いている小学生がいて、自分は聴いていてうれしくもあり、感心した。
思い出してみると、自分がバッハのインヴェンションを、
「あと残り8曲かぁ~」
などと思って弾いていた頃は、旋律の絡み合いや掛け合い、変化なども感じて弾いていただろうし、曲の構成などもそれなりには学んでいたとは思うが、いつも演奏は同じような音質だったようにも思う。

それからしばらしくして、バッハに対して柔軟な考えの指導者に習うようになったこともあり、インヴェンションもかなり負担なく弾けるようになった。
その先生は、
「バッハはね、別にカチカチに弾く必要もないから、基本的なモチーフは大事にして曲想は把握できるだろうから、まずは思ったとおりに弾いてみて。それから、もう少し変えてもいいからね。
例えばここは、『踊りのように活発に』、でもここはもっと鍵盤上を『丁寧に歩くようなクモの足』みたいに、繊細に弱くてもいいでしょう?」
という指導もあったと思う。

当時の自分には、「とにかくバッハはやれなくては」という気持ちがどうしても先行していて、それがさらに「バッハはあまりロマン的にならないように」という気持ちにもつながっていただろうから、そういった概念から少しでも解放されてからは、気分的には楽に弾けるようにはなったのかもしれない。

そうして、バッハへの苦手意識は何年もかけて次第に少なくなっていったが、白髪爺さんに出会ってからはまた少し違う展開だった。
「おい!そんな装飾音符の入れ方あるか!」
と言われ、さらに
「止まれ止まれ!どうしてこのフーガがそんなに速いんだ!」
などとも言われて、バッハのレッスンはいつも怒鳴り声の繰り返し(バッハだけではなかったが)・・・再び面白くないバッハというイメージが強くなっていった。
ピアノ音楽について先入観が少ない小学生の低学年くらいなどは、ヘンデルやバッハなども新鮮に感じるらしく、お勧めしてみると結構喜んで弾いてくることも。
「左手を右手が追いかけるようなのが面白い!」
と、言ってくれる生徒さんもいて、そんな感想を持ってくれたなら、この先もバッハを進めやすい。

だが、既にショパンなどの盛り上がりもロマン的な快感もある曲を弾いている人に、和音の厚みも劇的な盛り上がりも少ないバッハの曲は、難しさばかりを感じてしまう場合もあり、
「弾きにくいですし、あまり面白くもないような・・・」
となってしまうこともよくある。

そうなると、バッハを一応はいつも弾いていても、他の曲の進行に比べて置いていかれてしまうようなことになり、
ベートーベンは中級や中上級程度のソナタ、ショパンはワルツやエチュード、シューマンやドビュッシーもいつくか弾いて、ラヴェルも弾き・・・となっているのに、バッハはあまり進んでいない・・
という状態の人は、実は結構多いと思う。

かつての自分も、バッハの進み具合が遅れないようには一応弾いてはいたが、たくさん弾いても永久に終わりが見えないようなインベンションやシンフォニアを弾いていた頃は、正直言ってバッハはあまり楽しいとは思わなく、
「弾いたほうが少しはうまくなるだろうから」
などという程度のものだったかもしれない。

インベンションやシンフォニアももう一度弾いてみたり、小プレリュードや平均律も意欲的に弾くようになり、それらの楽しさを実感できたのは、かなり後のことだった。
だから、生徒さんにも無理にはバッハをお勧めはしないが、
「今少し弾いてみると、また後から振り返って気がついたり、面白さがわかったりするのがバッハだよ」
ということは、伝えるようにしている。
ピアノを何年も弾いてたくさんの種類の曲を弾く経験を積み重ねると、シャープやフラットが4個5個の曲が難しいとか、譜読みが大変だという概念は無くなるとは思うが、初級者の段階ではやはりシャープやフラットが3つか4つくらいの曲で「あっ、難しそう・・・」と思うものだろう。

小学生の低学年くらいだと、調の概念を説明をしても十分に理解できる生徒さんばかりではないので、鍵盤上での経験を積んでもらうほうが簡単なようだ。

そこで、やはり移調は効果的な練習方法の一つ。
以前にも少し紹介したが、バーナムなどの簡単な本を使って、
「では、この曲をソから弾き始めてみよう!」
などと言って弾いてもらう。
そして、次はファから、次はレから、次は・・などとやるが、そうしてやっているうちに、鍵盤のどこからでも弾けることがわかって興味が沸いた生徒さんは、調の概念などわからなくても、どんどん弾けるもの。
最近も、ある小学3年生の生徒さんは、移調が楽しくて、家でたくさん練習してくる。

だいたいこの段階まで鍵盤上での移調を誘導できれば、シャープやフラットが多い曲への抵抗感を少なくする効果はあるように思う。
その後は楽譜を使って調の説明と、全部の調の音階、そして実際にシャープ5個やフラット5個などの曲をたくさん(ギロックなど)弾いてもらうことに。
初級者でも、こんな感じで早い段階で調に親しむと、その後の譜読みや移調演奏などもかなり楽に。

もちろん、指導側は調の概念や簡単な移調演奏が完璧である必要はあるが。
昨年は1周年に気がついたのですが、今年はすっかり忘れていて、書き始めたのは2005年の9月だったので、気がついたら2周年は過ぎてしまっていて。

さて、今回はピアノには直接は関係なく、この日記がはじまった経緯を少し。
自分は、「ピアノ関連のブログをつくろう!」と張り切って始めたわけでもなく、当初は知人に「ブログのはじめかたと更新のやり方」を説明するために、つくったのが実際のところ。

自分は特にネット関連に詳しいわけではないので、他人に説明するには自分がまずやってみなくては・・・ということで、このスペースを使う方法から、管理画面の使い方などを実際に操作しながら(迷いながら)説明・・・

その時の説明で、ブログのタイトルの話になった時に、
「例えば、自分ならクラシックのピアノについて書くとしますね。それで一応『クラシカル』なんてつけます。まあ、これから始まるという意味もこめて、前奏曲の『プレリュード』なんてつけてもいいのですし、何でもいいのですよ、こんなのいつでも変更できますから」
ということで、今のブログ名に。結局は変更しないでそのままですが。

そうして、始まったブログですが、いろいろと考えながら書いて続いています。
そして、いろんな方~ピアノの指導者さん、専門を目指している方、大人になってからピアノを始めた方、ピアノを再開された方、お子さんと一緒に弾いている方、独学ピアノの方~などとの交流もさせていただき、ありがたく思っていますし、自分も勉強になっています。
時々、硬い文章などと言われることもあり、少々読みにくいこともあるかと思いますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。 モリス。

「谷川の水を求める鹿のように」という曲名を見て、
「ああ、知っている」と思う方は、合唱をやられていた方か現在やられている方だろう。
作曲者のパレストリーナは、このような4声部の合唱曲をたくさん残していて、現在でも合唱団がよく使う本にたくさん掲載されていて、練習としてレパートリーとして広く歌われていると思う。

バッハより前の時代の、非常に整ったパレストリーナの曲は、簡素でありながら魅力がある。
もちろん合唱が聴いたり歌うのが楽しくてきれいに響くが、ピアノの練習にも使える。
通常のピアノ譜ではなく、合唱や弦楽四重奏のように4つに声部に分かれている楽譜を弾いてみることは、良い練習になると思うが、複雑になりすぎないパレストリーナの曲は、そうした練習にいいだろう。

いつもの決まった練習に飽きている方や、少し余裕のある方などは、そういった練習も試されてはいかが?
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