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大晦日ということで、今年も1年が過ぎようとしています。
お読みいただいた方々、コメントを下さった方々、本当にありがとうございました。

日々のレッスンの様子などを中心に今年は書いてきましたが、書きながら考えたり、そして交流もいろいろさせていただきながら考えることも多く、非常に充実した1年だったと思います。

今回の年末年始は、先日も書いたように、いつもの年とは異なり、お正月らしさは薄いお正月となりそうです。
引き受けた伴奏譜は、1曲は臨時記号の多い近現代物で、自分としては不得意な分野ではないのですが、ページ数、初回の合わせまでの時間を考えると、ここ数日はしっかりと練習することになるのでしょうが、そんなお正月も悪くないものです。

皆様よい年を
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この年末年始の時期だと、レッスンの日程も多少不規則になるが、生徒さんの希望にはできるだけ対応したいので、今週にレッスンに2回という生徒さんもいた。

ただ、火曜日が通常のレッスンの方が、金曜日にも臨時のレッスンを入れると、間は2日間。
しかも火曜日には曲が仕上がって、新しい曲を決めたのだが、まだピアノ暦が5ヶ月くらいなので、2日くらいでは2ページの曲は譜読み苦しいかと思っていた。

ところが、新しい曲はゆっくりながらも一応最後まで譜読みをしてきて、しかもいつもの教則本も進めてきたので、これはうれしい驚きだった。
一部分を譜読みするよりも、できるだけ長めに最後まで譜読みしたほうが良いことは普段から言っているが、初級者の生徒さんでも2日間くらいでここまで読めるとは、楽譜と鍵盤を直接的にとらえることに慣れてきたのだろう。
この調子なら、この生徒さんは年明けには少し長めの曲にも挑戦できそうなので楽しみだ。
お正月は、1日くらいお正月気分に浸れば、あとは通常日程戻っても良いくらいに思っているが、さすがに自分ひとりでそう思っても、2日くらいまではレッスンにくる生徒さんもいないので、少しは休みとなる。
でも、やはり空いた時間はテレビを見たり、買い物をたくさんするということもないので、自身のための練習に存分に使う計画・・・

だったのだが、少し事情が変化。急な伴奏を頼まれてしまったのだ。
本当は、諸事情から自身のピアノ練習に力を入れている時期なので、柔らかく非常に丁寧に、少々遠まわしにお断りをしたつもりなのだが、依頼の知人には、その柔らか遠まわしが通用しなかったみたいで、結局引き受けてしまった。

楽譜をもらうと、当初は聞いていなかった2人分。
1曲は数日弾けば大丈夫だろうが、もう1曲はかなり苦戦しそうで、年末年始はこの伴奏の譜読みと練習で過ごすことがほぼ決定したみたいなもの。
自身の練習も含めて、ピアノ漬けの正月になりそうだ。
迷っているような弾き方をしている生徒さんは、見ていて聴いていてわかるもの(以前も、ある生徒さんが部分的に遅く弾きたいのを、迷っている話を書いたように)。
先日のレッスンでも、ある生徒さんが仕上がり近い曲のある箇所の盛り上がりが、定まっていないような弾き方をしていたので、自分は、
「そこのクレッシェンドはどう弾く?もっと頂点に向かって大きくなって、頂点のsfで高音もしっかり出す?」と言ってみたが、生徒さんは、
「あ、はい。この盛り上がりの頂点のsfをどのように弾くのか、感じがつかめていないようにも・・・」
との返答。

この生徒さんは、音量をガンガンと出すような感じの演奏ではなく、ゆったりから中庸くらいの流れの良い曲を好んで弾くが、表現に少し迷いがあることもある。
迷いがあるというよりは、自身のやりたい表現の少し自信が無いような感じだろうか。
今回のクレッシェンドの頂点も、生徒さんはそれほど大きくしていない。

そこで自分は、隣で実演をしながら、
「あなたのやりたいのは、きっとこんな感じで、クレッシェンドの頂点のsfのところで、スッと弱くするような強調の仕方では?」
と尋ねると、
「えっ?あっ、そうです、たぶん。その方が弾いていて良いように思うのですが、本当はsfは特に強くだから良いのかなぁと思って・・・」
とのこと。

自分は、
「確かに通常はsfは、特に強く弾いて強調するけれど、この曲のこの部分に関しては、『急にスッと弱くした特に強調』にしたいなら、良いと思うよ。
この曲のクレシェンドの頂点全てでそれをやると、さすがに変な感じがするから、やるならここ1箇所とあと1箇所くらいだろうけど」
と言うと、生徒さんは、
「はい、ここは『弱い強調』で弾きます!」
と、何度か弾いて感じをつかもうとしていた。
1回通し演奏を終えた大人の生徒さんに、
自分は、
「では、こちらのピアノで同じくどうぞ」
と、いつもは自分が弾いているほうのピアノの席へ生徒さんを誘導。

生徒さんにはショパンのワルツ9番をもう一度通して弾いてもらい、生徒さん側のピアノの椅子へ戻ってもらってから、感想を聞くと、
「やっぱり、こちら(生徒さん側)のピアノの方が、断然良いです。音自体も音の伸びも良いですし、表現の幅もとても広く演奏できて、ペダルの使い方にも工夫ができます。
そちら(自分の側)のピアノは、音の伸びも少ないですし、表現も立体感をつけて弾くのが難しいです。
弾き比べてみると違うものですね」
といった感想で、この生徒さんなりにしっかりとピアノの特徴を感じているようだ。

生徒さん側の方にそれなりのピアノ、自分の側にはかなり古いピアノを置いているので、生徒さんの感想は当然なのだが、2つを弾き比べるといろいろなことを感じてもらえるし、より考えてピアノ演奏に取り組んでもらえるきっかけにもなる。

今回のこの大人の生徒さんの場合も、
「私はいつもこちら(生徒さん側)のピアノを弾いているけれど、ピアノの持っている実力を全然引き出せていないのを、あらためて実感しました。
先生は、そちらのピアノ(自分側)で同じ曲を弾いているのに、私よりも演奏の幅も広いですから、私はこちらでもっといい演奏しなくてはいけないですね」
と言っていた。
白髪爺さんから、
「おまえはバッハの譜読みはいつも一応やってくるが、ほとんど酷く、ゼロからではなくマイナスからの指導だから困ったものだ」
などと言われていたくらいだから、自分のバッハはレッスンすることは、白髪爺さんはよほど大変だったのだろう。
モチーフの弾きかた、各声部の弾きわけ、テーマの統一感、装飾音の入れ方など、テンポの設定・・・
毎回のように口うるさく言われていて、2ページの曲が1週で終わることもあれば、5週以上も弾かされることもあった。

だが、これが今振り返ってみると非常に役立っている。
バッハの曲の弾く時に、
「ここはあのモチーフの2倍の形だからアーティキュレーションを統一、この音は幾分強調で、ここフレーズの終わりは丁寧に弾くようにしてブツっと切らない。ここは少しペダルを入れても良さそうだ」
といったことが、楽譜上からかなり把握できるようになったのは、やはり白髪爺さんのおかげで、レッスンでも応用できる。

例えば、先日も3声フーガを練習してきた生徒さんはだいたい弾けているが、自分は、
「あなたはテーマのこの形を、スラーのあとにスタッカート、と弾いているので、後に出てくる、このテーマ変形も統一してみては?」
と言うと、
生徒さんは、
「ここは一時的に音が多くなるので、この声部のこの形には気がつかなかったですが、そうしてみます」
とのこと。

そして、話の続きとして、こうしたバッハのようにモチーフが様々な形で出てくる音楽構成を弾くというのは、他の作曲家を弾く上でも非常に役立つということを、ハイドンとショパンを例に少し弾きながら話もしてみたが、ショパン好きのこの生徒さんは少し興味を持って聞いてくれたようだ。
気がつけば今年もあと2週間ほどですね。本当に1年が早く感じる。
もう年末だと感じたのは、ある方(ピアノ関係ではない)から、自身で撮影した写真で作った「風景写真のハガキセット」が届いたから。毎年これが届くと、「ああ、今年も残りわずかだな」と思う。

自分は、基本的には物を贈られるというのは苦手である。
そうした習慣が良いとか悪いとかいうことではなく、自分は食べ物は好みが激しい(と周りから言われる、またアレルギーも少々多い)し、酒も飲まないのでいただいても困る。
だから、防衛手段というほどでもないが、生徒さんやその親御さんには、普段からの会話でさりげなく
「食べ物の好き嫌いとアレルギーも多く、酒も一切飲まない」
ことを伝えて、贈り物を防いでいる。
これは効果があって、今では生徒さんから物を贈られることはほとんどない。

実は自分の事情は少々逆でもある。
モリス家の自分ではない人間には、この季節はかなりの贈り物が届くし、直接に持参される方も多い。
そして、そうした贈り物は同じような物が重なる事も多くて、結局は消費できない。

そこで近年は、そうした頂き物を、自分の生徒さんや親御さんの希望者さんに、もらっていただくことにしている。
ビールが好きなお父さんやお母さんは結構多いので、箱のまま差し上げると喜ばれるし、ジュースのセットも生徒さん達には好評のようだ。
ある生徒さんのお母さんは、
「先生のところからは、いつもたくさんいただいてすみません」
などと先日も言われたが、モリス家としてはビールやジュースはいつまでも消費できないので、もらっていただいて助かっている。

さて、自分が贈り物をする方も最近は1人か2人くらいに限定されている。
好みもだいたいわかっているつもりなので、今年はお菓子のセットにしようかと思っている。
以前にも触れたように、ここ最近は自身のピアノ練習に少し力を入れていて、昔弾いた曲を引っ張り出してきて苦戦したり、今年弾いてきた曲をもう一度再構築するように少しずつ仕上げまでもっていく作業をしている。
特に今月になってからは弾く時間は結構長いだろうか。

弾く時間が長いといっても、自分はもともと長時間練習をするタイプではないので、40分~50分を1回として、それを2回とか、もう少し集中が持続する時には3回くらいで、間に休憩は多めに入れる。
だが、最近はかなりの諸事情により曲数も多めに弾いているので、この時間ではやはり少ないだろうか。

組曲などの中の曲や、1つの楽章なども個別に1曲とすると、今弾いている持ち曲は全部で13曲か14曲くらい。
それくらい全然平気だと言いたいところだが、さすがに毎日これらの曲全てをじっくり弾くことはできないので、ある曲は通し演奏を主体に、ある曲は気になる部分練習を中心に、ある曲はゆっくりと弾くことだけを重点にと、工夫は必要になってくるし集中力もかなり必要になるから少し大変にもなってくる。

それでも、1年の中でこれくらい自身の練習に集中できる時期があっても良さそうだ。一応年明けくらいまではこれくらいの中身で弾いていこう。
今週、自分が遥か昔に習っていた、あるピアノの先生と会う偶然に機会があった。
先生は今でも少しの生徒さんを教えているらしいが、専門志向の生徒さんを指導しているわけでもなく、教えることが趣味な感じだと言っていて、またそれで充分らしい。
「もう後の人生は、不健康でもいいから好きな食べ歩きで過ごして、編み物をして、好きな本を読む続けるくらいね。ピアノはスカルラッティを少し弾けばいいわ」
とのことだったが、事実少々お腹周りが少々・・・

そして、
「まあ、今すぐではないかもしれないけれど、もしもの時でもよくあるようなお葬式もいらないから、代わりに盛大にパーティでもやってくれれば・・・でもパーティというのどうなのか・・・」
とおっしゃっていたので、

自分は、
「それなら、先生のお知り合いを全員集めて、盛大に音楽葬のようなものでもやりましょうか。自分も1曲弾きましょう、シベリウス『樅の木』などいかがですか?樅の木は生と死の象徴らしいですよ」
と言うと、
「そう、それいいわね。じゃあ、それで予約しておくわ」
などと豪快に笑っていた。
リンクをさせていただいている、まりはんさんのところでもレガートがテーマになっていたので、自分も少し。ピアノを弾かれる方なら感じている方も多いと思うが、ピアノは楽器の性質上(ハンマーが弦を打つ)、レガートで弾くことが非常に難しい。
一般的には「レガートは、つながっていること」ということだが、「レガート一歩手前くらい」の方も実は多いと思う。

ピアノを弾く上でのレガートは、「前の音が消える瞬間に次の音を」、また場合によっては「前の音が消える瞬間のほんの僅か先に次の音を」ということでもあるが、
他にも音楽の中で「弾いた音の質とつながりがあるように聴こえる音の質で後を弾く」という意味でのレガートも加わってくる(文字にすると難しいが、単純にピアノの低音と高音を、無関係なリズムと音の大きさでただ短につなげて弾いてもレガートに聴こえないのは、おわかりだと思う)。

だから、レガートで弾くことは非常に難しく、残念ながら自分のところの生徒さんにも「レガート一歩手前」状態くらいでしか弾けない方もいる。
そして、自分も白髪爺さんに習っていた時には、特にバッハで、
「おまえは、この音型ではレガートに聴こえないことが多い。
ここだけゆっくり弾いて練習して次回に仕上げてこいよ。
もっと音を弾いた後の響きをしっかりと聴いて、指の動きをそれに反応して弾く練習しなとダメだ」
などと毎回怒られていたもの。

レガートは、弾いた音の響きを確実にとらえる耳と、なめらかに弾くための指の感覚の連動という、非常に高度なことであり、ピアノを長年弾いてきたとしても「気がついたらレガートに弾けている」ということは、実はかなり少ない。
やはり、深いレガートを習得するためのバッハなどでの幾分地味な練習が、ロマン派ピアノ作品を演奏するときにも有効になってくると思う。
先月の終わりから湯山昭の「フランス人形」を弾いている大人の生徒さんは、まだ曲想を感覚でつかめていない様子。
本人の中にも「こんな雰囲気で」という意識は少しはあるし、mpやppといった弾きわけもして表現しようとという意図は感じられるのだが、それがまだ鍵盤には伝わっていない様子で、どこか平面的な演奏になっている。

そんな時には、その「フランス人形」の曲のみを実演しながらレッスンしても良いのだが、大人の生徒さんで理解力も知識もある程度あるので、もう少し話を広げて他の曲の実演も入れてレッスンをしてみた。

「この『フランス人形』というのは、フランス人形のイメージを曲にしたというだけではなくて、いろんなところに少しフランス的な要素を入っていて、
例えば、曲中のこの4度の響きや動きなどが、ラヴェルのこんな曲の冒頭とか、ドビュッシーのこんな曲にも似ているかな」
と実際に少し弾いてみせると、
生徒さんも
「あっ、本当ですね、感じが似ているように思います、難易度は全然違いますけれど。そんな響きを意識すると雰囲気が出せるようにも」
と少しわかってくれた様子。

自分が続けて、
「他にも、『フランス人形』の2ぺージ目のこの箇所はpppでpが3個だけれど、フランスの作曲家のピアノ曲では、例えばこんな曲のように(楽譜を見せてみて)pが3個は結構多いから、こういうところも似ているかな。
似ているというよりも、『フランス人形』の作曲家の遊びみたいなものなのかもしれないけれど」
と言うと、
生徒さんは
「なるほど、この2ページくらいの初級くらいの曲でも、いろいろと考えると面白いですね。雰囲気出せるようにやってみます」
と言ってくれたので、仕上がりも楽しみになってきた。
最近は日程の都合などで練習会の予定がなかなかつくれないでいるが、ピアノ指導者Tさんとは何かと会う機会もあるので、話をしたことなどを少し。

指導者Tさん自身はかなり専門的にピアノをやってきた人であり、今でも自身の勉強をしながら、演奏活動なども活発にしているが、現在教えている生徒さんには「ピアノ専門の音楽の道へ」といった人はいないとのこと。
ここ最近は生徒さんをコンクールのような場に出場を特にお勧めすることも無かったらしいが、今年になって生徒さんの複数の親御さんから
「うちの子はコンクールのようなものは無理でしょうか・・・」
といった質問を最近されたらしく、来年については指導者Tさんも考えている様子。

コンクールと言っても、とても小さな規模で出場者十数人全員に何らかの賞がもらえるものから、全国規模のものまで、年にいくつも開催されているのだが、指導者Tさんは、
「日程や課題の曲などを考えると、どうしても全国規模のあのコンクールになってしまうけど、私の今の生徒さんではきっと誰も賞なんてもらえないかもね。
でも、準備はしっかりやってそうした結果なら、別にそれでもいいと思って、来年は希望者は出場してもらおうかと。
他の先生の出場者が皆神経尖らせてピリピリしている中で、私のところの生徒さんだけ、少し場違いな雰囲気でステージにあがっても、それはそれで悪くないと思うしね」
と言っていた。

自分も、
「そんな感じでいいですよ。自分も生徒さんにそういたコンクールを薦める場合でも、
『いいホールでいいピアノで弾ける場が、1回増えるのでどうですか?』
と、そんな程度ですからね」
と、こたえてみた。

ただ、せっかくのステージの機会は大事にしてもらいたいので、来年はコンクール近くになったら、指導者Tさんのところの生徒さんと一緒に、「生徒さんの練習会」をやってみようという計画も考えている。
同じ年代の生徒さん達でお互いの演奏を近距離で聴きあうのも、刺激になっていい機会になるかもしれない。
ある曲の練習で、違う楽譜を使ってみようと、「今は亡きある高名なピアニストの校訂版」を買ったと書いたが、そのピアニストの演奏は録音ものでは聴いたことがある。
その印象はというと・・・正直言うと、それほど感銘を受けたわけでもなく、録音状態の悪さや時代的なことを考えても、あまり良い質の演奏とは思えなかった。

だが、楽譜の校訂では、指使い、そして左右の手が交差する場合に、どちらの手を使うと弾きやすいの案が複数示されているところが、非常に参考になる。
また、ペダルの使い方も、自分がこれまでの弾き方とは異なる箇所もあり、勉強になる非常に良い校訂楽譜だと感じている。

そして、この高名なピアニストさんの演奏(録音)と、楽譜の校訂内容とは必ずしも一致していないのが面白いところでもある。
先月の中旬くらいから、音楽関係のいくつかの集まりなどに参加する機会が多かった。
頻繁に顔をあわせるような方から、かなり久しぶりの再会の方までたくさんの方々に会ったが、ある集まりの時には、自分といつも練習会をしているピアノ指導者Tさん、そして世間からは大先生だといわれているN大先生も当然のように来ていた。

こういった音楽関係の人の集まりでは、N大先生の“音楽持論”のような話が長い。
「ピアノ音楽というのは、結局は○○○や○○○(作曲家の名前)が中心であって・・・
 私は、こういった弾き方のピアノ弾きが素晴らしいものだと・・・
 あの人が弾いていたあの曲なんて、別にいい曲でも何でもないわ・・・」
など、自分も指導者Tさんも含めて、N大先生の周囲に居合わせてしまった5,6人は、聞き流すわけにもいかず、延々と話に付き合わされてしまった・・・。

もちろん、N大先生の話の内容が全てつまらないものというわけでもなく、聞くのが初めての人にとっては興味深い話がいくつかはあったと思う。
しかし、指導者Tさんも言っていたように、
「N大先生の話って、まあ面白いこともあるけれど・・・いつも同じなのよね。
つまりは、N大先生自身が学生だった40年も前の話ばかりで、その経験とその後に少し勉強した話が中心。
音楽だから、変わらないこともたくさんあるけれど、今と昔では全然違うこともたくさんあるのに、それが全く見えていない感じかなぁ」
というのはそのとおりかもしれない。
先日久しぶりに引っ張り出してきて仕上げてみると決めた曲を練習しているが、指使いやペダルなどの再検討や気分転換の意味も含めて、新しく違う版の楽譜を購入してみた。

この曲の楽譜を買おうとは思っていたのだが、いくつか種類もあるので迷っていた。
結局、楽器店でいくつか見比べてみて、今は亡き高名なピアニストの指使いや注釈、ペダルなどの校訂の入った版を購入。
複雑な箇所については、左右のどちらの手で弾くと効率が良いのかの案も示されている。

ただ以前から所持している楽譜に比べて、ページ数はかなり多い。
音符が大きめで1ページに4段くらいなので、以前の楽譜だと14ページの曲が19ページに・・・
ただ、楽譜の見た目の印刷もきれいで使いやすい。これは結構大事なことで、見た目から受ける印象が弾きやすさなどにつながることもある。
当分はこちらの新しく購入した楽譜を使って練習してみることにする。
3歳や4歳のレッスンというと、「歌を歌ったり手をたたいたりするのがほとんどでピアノは弾かない」と思っている方も多いようだ。

確かに、リズム感や音感を養うための歌なども大切であるし、まずは音楽に楽しく親しむということが大事だが、3歳や4歳でもピアノの鍵盤を弾くことは充分にできる。
それに、保育園や幼稚園では歌などはかなりやっている場合が多いので、そうした歌やリズムレッスンよりも、ピアノを弾くレッスンの方が、3歳や4歳の生徒さんも喜んでいるように感じている。

当然、最初から曲をどんどん弾けるわけではないが、鍵盤に触れるとピアノから音が出てくるということや、「チューリップ」や「ちょうちょう」などの始めの部分を指の動かし方を真似しながら弾くことが、毎週楽しくて貴重な体験のようだ。
そして、これくらいの年齢でも、指の動きが無意識のうちに整ってくるのが面白い。
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