上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今弾いている曲がだいたい仕上がった中学生の生徒さんに、
「次は何弾きますか?希望曲や、弾きたい曲の雰囲気などがあればどうぞ」
と言ってみると、
生徒さんは少し考えてから、
「盛り上がるような感じの曲がいいのですが、あまりたくさん曲を知らないので、先生のおすすめの候補曲をいつくかあげてもらえると・・・」
とのこと。

この生徒さんは、凄く弾けるというほどでもないが、最近はバッハのインヴェンションも進み、メンデルスゾーンなどのあまり難しくない曲ならしっかり弾いてくるので、曲の選択肢も広がってきた。
そこで自分は、
「ショパンはどうですか?最近はロマン派を弾いていますが、ショパンは以前に1曲くらいだったと思ってけれど?」
と聞いてみると、

生徒さんは、
「ショパンですか・・・。
いいですが、ショパンって、あまり知らないですが、やっぱり甘いメロディーな曲が多いですよね?
そういった曲じゃない方がいいのですが・・・」
と、あまり乗り気ではない様子。

そこで自分は、
「確かに、ショパンはノクターン2番Op9-2のような曲もあるけれど、甘くもなくて、情熱的だったり、盛り上がる曲も結構多いですよ。
例えば、骨太のポロネーズもあるし、きらめくようなワルツもあって、ノクターンも、2番のような雰囲気とは異なる曲の方が多いかな」
と言って、いくつかのショパンの曲を紹介してみた。

結局、生徒さんは、ノクターンの20番とワルツ14番を弾いてみて、考えてみると言っていたが、どちらか気に入ってくれるだろか。
スポンサーサイト
気がつけば8月も終盤になり、自ら企画した9月のレッスン練習会までちょうど1ヶ月。
考え出したのは春だったので、「秋くらいに」と想定していて、まだまだ先のことだと思っていたが、あと1ヶ月にまでせまってきた。

「まだ1ヶ月ある」
と思っていても、きっとすぐに1ヶ月後はやってきてしまうだろう。
自分の練習時間は、できるだけ確保して弾いているが、まだまだ譜読みの延長段階で、想定テンポの半分くらいでしか弾けないような曲も・・・。バッハもショパンもまだやることが山積み状態。

自分でも、
「この曲は本当に来月にある程度仕上がっているのか?」
と思ってしまうほどの現段階だが、期日直前くらいに何とかするようなスタイルが意外に好きなので(本当はそういった仕上げ方は良くないですね、計画性が大事です)、1ヶ月後には、現時点よりは少しは良くなっているだろうか。
自分は曲を弾くときに、その曲とはあまり関係のない何かのイメージやストーリーをくっつけるようにして弾くことはあまりしないが、今弾いているバッハの曲は、最初に少し弾いたときから、
「これは祈りだ」
と、深く感じている。

では、その根拠はいうと・・・
この曲を「祈り」と思う根拠は、実は特にない。
曲名には、特にそれらしいものは見当たらないし、いろいろと解説や資料などを探してみても、どこにも「祈りの雰囲気」や「祈りの曲」などという言葉は見つかっていない。

いや、ここは根拠ではなく、感じるままに弾いてみる。
何度でも弾きたくなるようなこの音楽と、じっくりと向き合ってみよう。

だが、自ら企画した来月の練習会企画までに、このバッハは間に合うのか?
じっくり向き合いつつも、そろそろペースアップも必要かもしれない。
ブルクミュラーの25練習曲を弾いている大人の生徒さんに、
「先生、次の曲のバラードは、どんな曲なのかお願いします」
と言われたので、自分は少し弾いてみせた。
すると、生徒さんは、
「バラードという題名から想像していた曲調とは、ちょっと違う感じですね・・・」
とのこと。

自分は、生徒さんの言いたいことが、すぐにわかった。
日本のポップス系の歌などでは、バラードというと、ゆったりしっとりとした愛の歌のような感じが何となくあるので、この生徒さんもそうしたイメージの曲を想像していたのだろう。

自分は生徒さんに、
「バラードというのは詩とか物語で、ピアノ曲でも物語性のある曲だったり、もっと密接に特定の物語や詩をピアノ曲にしたものだったりですね。
しかも、その物語も、あまり明るくないようなお話も多くて、たとえばショパンのバラードだと・・・」

生徒さんは、
「はぁ、なるほど。ショパンのバラードの元になっているお話も、明るくないというか、聞かない方がよかったくらいな暗い話ですね・・・」
と言っていた。
自分にバッハ全集など、たくさんのCDを貸してくれて、また音楽に関する楽しい話をしてくれる音楽知識人さんは、つい先日も面白い話をしてくれた。


音楽知識人さんは、ジャズやクラシックなど幅広い音楽に詳しいが、特にバロック期のCDコレクションは充実していて、バッハやテレマン、ヘンデルなどの他にも、それ以前のいわゆる「音楽史」と言われるような音楽のCDも揃っている。
そのような音楽は、俗に言う「古楽器」による演奏も多く、バッハもスカルラッティも、鍵盤作品はチェンバロ演奏が多い。

だが、音楽知識人さんによると、
「これだけバッハをたくさん聴いて思うのは、やはりチェンバロで弾かれるよりも、ピアノの方がバッハの音楽に合っているのような気がする。
全ての曲が、チェンバロよりもピアノというわけではないが、曲によっては、ピアノの音色と表現の幅の広さが、どうしても欲しい時があるからね」
ということらしい。

音楽知識人さんは、チェンバロ好きのイメージがあったので、この話に自分は意外に思ったが、チェンバロによるバロック期の音楽をたくさん聴いている人の話だからこそ、説得力があるようにも思える。
そして、自分もピアノの音色と表現力を活かしたバッハ演奏をできるように、さらに研鑽を積まなければと思った。
ここ数日久しぶりに書かなかったのは、オリンピックのテレビに熱中・・・していたわけではなく、少しパソコンの調子が悪かった(問題なかったです)ことと、今日も含めてお盆期間にレッスンを多めに入れていて、日程がいつもと少々異なっていたせいもある。

やはり、いつものペースにならないと、なかなか落ち着かないような気分になるもの。
変則的なレッスン日程だからといって、日時や時間を間違えることは無いのだが、頭の片隅で「時間を間違えてはいけない」と思っていることは、多少の負担にはなっているのかもしれない。
だが、それも、今日を乗り切ったことで少し楽になった。

それと、オリンピックは、結構見ている。
実は、自分は遥か昔の小学生の時に、顔に似合わず(?)少しだけだが体操(ラジオ体操ではないですよ、念のため)をやっていたせいもあり、オリンピックの体操競技などは、今でも見てしまう。
もちろん、今では体操関連の動きは、何も出来ないが、培った柔軟性は多少は体に残っているようだ。
かなり期間はかかったが、音楽知識人からお借りした、「バッハ全集」のCDの鍵盤音楽の巻を一通り聴き終えた。
クリストファー・ホグウッドの弾く「フランス組曲」や、カークパトリックの弾く「イタリア協奏曲」など、どれも素敵な演奏であり、同時にとても勉強にもなる。

そして、この全集を借りたのは、自分もバッハの録音物はそれなりに持っているが、全集の統一感のあるシリーズのチェンバロ演奏(いくつかはクラヴィコード演奏)を聴いて、何か1曲を選曲して弾くためでもあったが、チェンバロ演奏のバッハを聴いて、ピアノで1曲だけを弾くなら、どの曲がより適しているのか考えるのも、なかなか面白い作業だった。

練習会のためには、ショパンや他にも小品などの曲も弾いていることもあり、バッハであまり大きな曲は少し厳しい(バッハは高速譜読みが通用しにくい)ので、ある1曲に決定。
あと1ヶ月半くらいなので、間に合うのか微妙なところだが、一応何とかしてするために、がんばってみることにする。
かなり弾けてきている生徒さんには、やはりもう一歩先の譜読みと表現を追及したくなる。
先日の中学生のレッスンでも、曲の流れもよく全体的にたっぷりと歌えて弾けているが、やや立体感に乏しい演奏だった。

例えば、この生徒さんが弾いているような、同じような雰囲気が続く曲中で出てくるP(ピアノ)は、基本的には同じくらいのPになるが、ただ流れにのって弾いていると、そんなことは無視した状態で弾いてしまうこと多い。
この生徒さんも、曲中の後半に対旋律が出てくるところは、音が多くなるせいもあって、歌って弾けてはいるが、たっぷり弾きすぎて、Pではなくなってしまっている。

そこで、自分は、
「対旋律も出てきて、音の数が多くなっても、やはりPで弾かなくては。
全体的にもう少しだけ抑え気味にして、でもそれだけではまだPにならないから、フレーズの終わりに書かれているdim.をもう少し効かせることによって、音量としては少し大きめでも、雰囲気としてPを作り出すような感じに」
と、楽譜でチェックしながらの指示。
細部の小さなdim.にも気を配りながら、一部分を何度か弾いてもらって、感覚をつかんでもらう。

生徒さんは、
「今までは、この部分の対旋律も、聴かせようとして少しがんばり過ぎていたけど、楽譜にあるdim.をちゃんとやれば、かなりよくなったと思います」
と言っていた。
学校が夏休みの期間は、子供の生徒さんもピアノを弾く時間がたくさんありそうなものだが、実際はそうでもなく、練習のペースは学校が普通にある時よりも落ちてしまうことが多い。

しかも、旅行などでレッスンも少し不規則になることもあり、目の前に明確な目標(コンペなど)が無い限りは、「夏休みは、ピアノも夏休み気分」という子供の生徒さんが多いようだ。

だが、大人の生徒さんはそうでもなく、
「お盆休みがとれそうなので、久しぶりにレッスンをお願いできますか?」とか、
「私の仕事はお盆休みなどは関係ないので、お盆期間も、いつもどおりに、仕事帰りにレッスンへ行ってもいいでしょうか?」
などと、がんばっている方もいるのでうれしい。

自分は、お盆の行事などは、既に先週に、少し早めに終えているので、お盆期間も特に休みを設定することなく、レッスンをやっている。
3日くらい休んでもいいのだろうが、いつもの日程の方が気分は落ち着いていられるように思う。
週末はコンサートを聴きに。
室内楽などのコンサートへ行くこことはあったが、ピアニストが1人で演奏するリサイタルを聴きに行くのは、久しぶりにような気がする。

少し名の知られているピアニストの演奏会なので、聴衆もまずまずの入り。
プログラムは、ハイドン、ベートーベン、ショパン、などの定番物が中心。

古典物が中心の前半プログラムは、落ち着くまでに時間がかかったようで、ハイドンを弾き終えて、ベートーベン「熱情」に入ってからも、しばらくは不安定だった。
終楽章に入った頃にようやく安定してきたが、最後が「決まった」というような締めくくりには少し遠かったかもしれない。それでも、会場の反応はまずまず良かった。

後半はショパンが中心。
ワルツ数曲とノクターン数曲、ポロネーズ数曲の後に、ソナタ3番。
ワルツにはなかなか冴えのある演奏。
だが、ノクターンは、響きに変化が少なく、やや間延び気味に聴こえた。

そして、メインプログラムであろうソナタ3番だが、なかなか健等されてはいたと思うが、あと一歩もの足りない演奏のように思えた。
出だし1楽章は快調だったのだが、2楽章になると少々もたつきが気になった。
そして、3楽章だが・・この3楽章を説得力を持って聴かせることの難しさを、あらためて感じた。
終楽章は、なかなか良かったとは思うが、もう少し推進力と音色の変化に富んだ演奏を期待していた人(自分もそうだが)にとっては、快演には聴こえなかっただろう。

このような感想を自分は持ったわけだが、このピアニストの方の演奏の質が悪かったというわけではない。
会場の拍手の様子だと、おそらく満足された聴衆の方も、それなりに多かったとも思われる。

だが、ベートーベンやショパンなどの有名曲は、聴き手も既にテレビや録音物や生演奏そのほかで、たくさん聴いているだろうし、イメージする演奏というのがあると思う。
だから、一流のピアニストとしても、その日のステージでかなりの演奏を披露しないと、なかなか聴衆を満足させられないし、熱烈な拍手をもらえないという難しさもあるかもしれない。
ピアノの指導者仲間や、頼りになる音楽知識人さんのように、自分の周りには、時々会って話をして、いろいろとためになるような雑談をできる人たちがいるので、いつも助かっている。

だが、これらの方々は、「モリスの弾くピアノ」ということを、よく知っているわけでもないので、自分が今弾いている曲についての具体的なアドヴァイスをもらえるわけでもない。

そこで、練習のモチベーションをあげたい時や、演奏に少し行き詰まり感を持ったときには、ある方に電話を1本してみる。
特に何を話すというほどでもないが、自分が「今はこんな曲を練習中」などの話をしてみると、
「ショパンのその曲は難しいですよね。でもいい曲ですし、モリスさんならいい感じに弾けるのじゃないかしら」
との言葉をいただいた。

そう、実は電話での会話の内容は、全然具体的なアドヴァイスでは無いのだが、自分にはこれで充分力になるから不思議なもの。
8月は暑い日が続くだろうが、集中力を持って弾こうと思う。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。