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コンクール会場で会った、ピアノ指導者Jさんの話の続きを。

話の流れの中でJさんは、今回は仕上がりが遅い生徒さんには、「ここはこう、ここはこのように」と、やってみたが、さすがにちょっとやり過ぎの部分も多かったように思うとのことで、
「モリスさんは、生徒さんがコンクールに出場するとなったら、何か普段とは違ったレッスン内容とか、指導方法の工夫など、コンクールのためにやっていることはありますか?」
と質問された。

自分は、生徒さんが発表の場に出る時でも、「仕上がりの状態を普段よりも幾分上にできるように」というくらいが現実的だと思っているので、コンクールへ出場の生徒さんのレッスンも、特別なレッスンというわけではないかもしれない。

逆に言うと、ピアノを弾くために必要なたくさんの要素を、生徒さんが毎日の練習で上げていけるようなレッスンを、普段からしていくことの方が、コンクール曲のためのレッスンよりも重要であると思う。
つまり、生徒さんが、コンクール曲だけ拍子感を大事に、安定したテクニックで弾き、フレーズ感の生きた演奏をして、響きにも細心の注意をする・・・・などというのは、無理ではないし、コンクール曲をがんばって練習するという点では意味はあるとしても、方向性としては少し違うようにも思う。

自分は、Jさんにこれらのことを話しながら、
「『コンクールのため』にやっているのは、暗譜の確認と、補講レッスン1回 の2つくらいですね・・・」
と答えた。
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某全国規模コンクールを聴いての続きを。

結果発表後に、会場で出会った知人のピアノ指導者さん(Jさん)と少々雑談。
Jさんは、結構な数の生徒さんを出場させていたようだが、
「うちの生徒は、しっかりと仕上がっている人はまずまずの結果に、そうではない生徒はそれなりの結果だったから、まあだいたい妥当な感じでした」
とのことで、Jさんにとっては、出場した生徒さんは皆、まずまずの演奏と結果ということだったらしい。

Jさんとは、自分が少し気になっていた
「近現代曲で、一部の人が、極端なフレーズ感を出したり、曲の途中で流れが停滞してしまうかのような、少し不思議とも思えるデュナーミクを入れて弾いていた」
についても話をしたが、
Jさんは、
「そうそう、あれはかっこよく聴こえないですよね。
でもね、あういう風に弾くのは、某楽譜出版社に、タイアップのCDみたいなものがあって、私も持っているけれど、たぶんあれの影響ですね。
あの演奏を『お手本』だと思ってレッスンしてしまう指導者が、少なからずいるということだと思います」
ということらしかった。
自分もそんな感じのことではないかと思っていたので、予想範囲ではあったが、もし極度にCDなどの演奏を、しかも1枚の演奏を「お手本」とするようなレッスンがあるとするならば、ちょっと残念ではある。

さらに、Jさんと自分で、印象に残った出場者2名ほど(前記事に書いた)についての話などもしたが、これが2名とも一致。
だが、「この2名がいい音楽を持っていて、もう一度聴いてみたいということで言えばそうだが、予選通過の最低限の演奏の完成度に到達しているかと言えば、やはり練習不足気味な箇所も随所に感じられて、あと数歩及ばないので、仮に自分が審査員だったとしても、高い点数はつけなかっただろう」
という点でも、だいたい一致した。
この時期は、全国規模の某ピアノコンクールが各地で行われている時期なので、自分も聴きに。
昨年も同様の感想なども書いたのだが、今年も聴いた感想などを少し。
尚、いつものように、自分の生徒さんの出場や点数、賞などに関することは、述べないことにする。

今回は、中学2年以下、小学6年以下、小学4年以下といった級を主に聴いたが、このうち1つの級ついての感想を中心に書いてみる。
2曲弾くが、1曲は近現代から選択と決められているので、バロック+近現代 の組み合わせで弾く方が、多かったようだ。

ある級では、はじめから、なかなか質の高い演奏をする方が続いたので、自分も
「今年はこの会場は、この級は結構レヴェルが高いな」
などと思っていたら、人数の中盤くらいで、1名がかなり危うい演奏に。
すると、なぜかその後の数名も、崩れそうな演奏が続いてしまったのが、残念だった。
人数の後半になると、また完成度の高い演奏が続き、特に近現代曲に自信を持っている方が多かったように聴こえた。

その反面、バロックや古典では、素敵な演奏は多くは無かったように感じる。
特にバロックを選んだ方の中には、コントロールが不十分だったり、演奏者自身が曲の全体像を把握できないままに弾いているかのような演奏をしていることが、少なからずあったように思う。

近現代に良い演奏が多かったと書いたが、一部の曲に人気が集中していた。
そして、その曲を弾いた人の一部が、極端なフレーズ感を出したり、曲の途中で流れが停滞してしまうかのような、少し不思議とも思えるデュナーミクを入れていたのが、気になった(一部の人が、そうした演奏をしていたのは理由があり、それはまた後日に述べようと思う)。

審査結果公表後、自分もプログラムに入れたチェックで確認。
予選通過予想は、数名の違いはあったが、結果はだいたい予想の範囲内に収まっており、これもいつも書いているように思うが、
「あの人が予選通過で、あの人がダメだったなんて・・・」
といった現象は無かったと思うし、だいたい妥当な採点結果だったのではないと想像する。

ただし、自分が個人的に「この人は、いい音楽を持っているなぁ」と思った演奏の方2名は、2名とも賞には選ばれていたが、地区本選出場には一歩及ばなかったようだ。
これは勝手な想像だが、やはり2名とも、バロックで幾分練習不足気味な演奏を披露してしまったからだろうか。
先日、知人のピアノ指導者さんと話をして流れの中で、
「モリスさんは、初心者の小さなお子さんも教えているのですね」
と、少し意外そうな感じで言われた。

今でも、
「小さな子供や初心者などはレッスンしていません。、
別の教室などで、一通りの基本を学んでから習いに来てください」
という指導者もいるだろうが、自分は4歳や5歳を教えるのも結構好きなので、抵抗感なく受け入れている。

確かに、就学前幼児のレッスンというのは、急に泣き出したり、時には騒いだりと大変なことも多いが、指導側にとってのメリットもある。
例えば、幼児の時代に、他のところで、変な弾き方のクセや、勘違いや偏向的な知識などをつけられてしまうと、小学生になってから自分のところへレッスンに来ても、それを改善していく作業は、忍耐強く長期間にわたって、しかも生徒さんにとってできるだけスムーズにやらなければならないが、全くの最初からのレッスンだと、そうした心配は無い。

そして、幼児の想像力や進歩というものには、指導者の自分が驚くようなこともいまだに多く、いつも新鮮な気分でレッスンできるし、豊かな発想力など、得られるものも多いように思う。

さらに、幼児の初心者に理解しやすいレッスン内容をこころかげたり、事前準備でいろいろと考える作業は、結局は中級者や上級者、大人のレッスンなどをやる上でも、直接的ではないにしろ、役に立つと思っている

こうして考えると、幼児初心者レッスンは、「指導者にとってメリットもある」ではなく、「メリットがかなり大きい」といった方がいいかもしれない。
小学4年生の生徒さんの演奏は、いつも少し自信が無さそうなのだが、とても丁寧で、曲のイメージをつかむでいる音の表現は、なかなかいいものを持っていると思う。

5歳から始めたのだが(自分のところに来たのは、小学2年になってから)、レッスンのペースはゆったりとしているので、例えば某全国規模のコンクールの、その学年に合った課題曲を弾けるような実力には到達できてはいない。

だが、彼女は、音を感じとるということ、そこからさらに音楽を広げていくということに、かなり良いものを持っていて、シンプルなメロディーラインを歌う曲や、ゆったりとした和音進行の曲などを弾いてもらうと、ピアノから響きを引き出せている。
レッスン中に話もよくしてくれて、
「小さい頃から、お母さんもお父さんもクラシック音楽が好きで、いろんな曲を聴いていた」
ことや、
「家で弾いているピアノは、お母さんが子供の頃から弾いていたピアノを、今も年に1度の調律をしながら大切に使っている」
ことなども、これまでに話してくれた。
(生徒さんの母親が、子供の頃にピアノを習っていたというケースは少なくないが、そのピアノを親子二代でそのまま使っているというのは、それほど多くないように思う)

また、先日は久しぶりにオーケストラを聴き行ってきたとのことで、
「後半は知らない曲だったけれど、顔に音が『ビーン』と来るような響きで、楽しかった」
とのこと。

彼女のレッスンペースは、今後もきっとゆったりとしたものだろうが、感受性豊かな部分をさらに伸ばしながら、そこにうまい具合にテクニックを少しずつ向上させて、ピアノと楽しみながら小品を質良く弾けるようになってくれればと思っている。
「私は、先生のところへ来て、もう2年近くになるのですね」
と言いながら、大人の生徒さんは、鞄からいつくかの曲集を取り出し、
「今では、ほとんど弾いた記憶の無い曲もありますが、楽譜は一部の教則本以外はほとんど手元に残しておいたので、そろそろ弾けそうな昔の曲集を持ってきました」
と、譜面台に置いた。

この生徒さんは、小学生の頃に弾いていたので、再開してから数ヶ月くらいで勘が戻ったのか、初級くらいのピアノ曲も弾けるようになってきて、1年以上たった頃からは、クラシックの小曲や映画編曲物などをレッスンに取り入れている。
今回は、「少しクラシックのピアノ曲らしいものを弾きたい!・・・でも、あまり難しくない曲で」という、生徒さんの希望もあり、まずは、生徒さんが小学生の頃に使っていた曲集や、ピアノを再開すると決めた時に、目標や目安となるために買ったというクラシックピアノ名曲集のような本を持っているというので、それらを持ってきてもらった。

いくつか候補曲を生徒さんと一緒に探していると、生徒さんが、
「この曲を、子供の頃、確か兄が弾いていたように思うのですが・・・」
と、右手でメロディーだけを少し弾いてくれた。

しかし、自分には何の曲なのか、即座に判断ができない。
聴いたことはあるのだが・・メンデルスゾーンでもないし、コンコーネでもないような・・・・。
そう考えながら、生徒さんの楽譜を見ると・・・・その曲は、ランゲの「幸福」で、楽譜を見た瞬間に、「そうだった」とは思ったが、なぜか思い出せなかった。

ランゲというと、「花の歌」が圧倒的に有名で、他にもピアノ曲はたくさんあるのだが、自分も最近はレッスンでもほとんど取り上げていないと思う。
だが、「幸福」は、ランゲのピアノ曲の中では、もしかしたら「花の歌」の次くらいには弾かれる曲だろうか。
特に難しい曲でもないが、弾きやすさということに絞って考えれば、この生徒さんにとっては、やはり「花の歌」の方が、気分的に楽なように思える。
あとは、弾きやすいのは「のばら」だろう。

生徒さんも、
「では、『花の歌』から先にやってみて、あとで『幸福』とか、ランゲのほかの曲に挑戦してみます」
とのことで、一応はこの方向性でやることになった。
テーマ:ピアノ
ジャンル:音楽
小学5年生の生徒さんだが、弾いている時に頭が右に少々傾いているのが、なかなか直らない。
それでも、
「まず、真っ直ぐに座る!」
と毎回のように言っているので、当初よりは傾きも減少したように思うが、弾いているうちの少しずつ頭が右に倒れているように傾く(と言っても、凄く倒れているわけではない、念のため)。

弾いているうちに右に頭が傾くので、次第に左肩が僅かに上がる。
そうなってくると、演奏が少し不安定になる。
左肩に余計な力が入っていることもあるので、生徒さんの肩をトンっと軽く叩いてあげると、元に戻るのだが、曲が長いと、また少しずつ左肩に力が入ってくる。

考えてみれば、人間は利き手や生活習慣などによって、ほとんどの人が左右どちらかに少しは傾いている。
知人のスポーツトレーナーによると、以前は左右を全く同じバランスに整えるが良いといわれていたが、今は、極端なアンバランスは矯正するが、左右完全対称に矯正するよりも、その人の持っている僅かな傾きの程度に矯正してあげるという考え方もあるそうで、この話を聞いた時には、自分もなるほどと思った。

だから、この小学5年生の生徒さんも場合も、右に傾くこのような状態を、もう少しだけ矯正してあげたいと思うが、体の核が大幅に大きく傾いているわけではないので、少しずつ良くなるようにしたい。
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