上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「○○というのを受けようと思っていて、それで1回見てもらいたいのですが・・・・」
という依頼で、生徒さんがやってきた。

話を聞くと、もう何年も同じ指導者さんに、定期的に習っているそうだが、このところは、その「○○を受ける」ということもあり、中級くらいの曲も弾くようなってくると、指導者さんも、
「だいだいいいように思うけれど・・・」
のようなレッスンになってきたので、他の指導者のレッスンを受けてみたいということだった。

3曲を持ってきたが、時間の都合で、2曲を中心にレッスンすることに。
音はしっかりと出ていて、弾いている姿にも特に不自然さもなく、第一印象としては、ピアノ暦も長く、ある程度しっかりと練習した時期があったように見えるが・・・

1曲目は古典の変奏曲。
第1変奏に入って数小節で、「おそらく変奏曲を弾いたことが無いだろう」というのは、すぐに感じたので、一応最後まで聴いてから、
「すみませんが、どんな小さな変奏曲でもいいですが、何か弾いたことはありますか?」
と質問してみると、生徒さんは、
「いえ・・・たぶん全く無いです」
という返事だったので、まず、とても簡単な変奏曲がのっている初級教本を持ってきて、変奏曲の説明をして、初見で弾いてもらいながら、さらに少し説明を追加。
生徒さんは、何も知らずにただ弾いていたことに、軽い衝撃を受けたのか、何度もうなずいていた。


2曲目はロマン派の有名なワルツ。
ペダルの入れるタイミングのせいもあり、リズム感が出ていないので、これをしっかり改善。
そして、次々に流れていく箇所の右手が、単にその場で弾いているので、変化無く弾かれているので、手の重心を感じて、それをヨコに移動させるようなつもりで弾いてもらうと、生徒さんは、
「今までよりも、とても弾きやすいですし、(CDなどで聴くような演奏の)イメージに近くなってので、ちょっとびっくりしました」
とのこと。

他にもいろいろとあったが、この生徒さんの演奏全体から感じたのは、いい演奏をしたいという思いもあり、長年やってきてピアノ演奏に慣れているという良さがある一方で、どういった演奏にしていくのかという方向性があまり感じられないことや、表現のためのテクニックの幅や種類が少ないこと、楽譜の読み方や音楽の基本的な知識が浅いなどの面も見られた。
1回のレッスンだけではわからないことも多いし、感じたこと全てを指摘すればいいというものでもないので、ほどほどのレッスンで修了となったが、今後さらに上達を目指すのなら、もう少ししっかりとしたサポートが必要なのかもしれない。
スポンサーサイト
弾かれている曲目の参考に、純粋に演奏を楽しむためにも、年間にいくつかの発表会を聴きに行くが、先日聴きに行った発表会は、いろんな意味で指導者の特色が感じられる発表会だった。

プログラムとしては、結構大きい曲が並んでいる。
幼児の演奏が終わって、小学生になるとギロックやカバレフスキー、小学生高学年や中学生・高校生となってくるとドビュッシー、モーツァルトの変奏曲やソナタ、ベートーベンのソナタ、ショパンのワルツやエチュードなども。

小学生の何人かを聴いて時点で、この指導者さんの特徴というのが、かなり感じられた。
それは、皆、全体的にとても丁寧な演奏であり、安定しているということ。これは、発表という場においては大切なことであり、おそらく普段のレッスンから徹底されているのだろう。

ただし、小学生の高学年や中学生に演奏になり、曲も少しずつ大きくなってくると、その丁寧さ安定感が、少々もたついているような、停滞気味の演奏に聴こえてくる。
例えば、ドビュッシー「アラベスク1番」を弾いた方は、多少のデュナーミクの変化はあるとしても音色の変化に乏しく、最初から最後までほとんど一定のテンポで演奏されていて、正直言って最後まで聴くのはかなりつらい。
ベートーベン「ピアノソナタ25番1楽章」も、ここまで遅く弾かれて流れが無いと、全く別の曲に感じるし、メンデルスゾーン「プレストアジタート」も終始メゾフォルテで弾かれている。
中には、ショパンのエチュード「別れの曲」などで、なかなか冴えのある演奏をした方もいたのだが、この指導者さんの発表会は、全体的に、生徒さんが少し難しい選曲をしてしまい、「ピアノ演奏」というところまで持っていけていない方も多かったようだ。

もうひとつ気になったのは、テンポが頻繁に揺れるような曲や、メトロノームのような機械的なテンポ感とは異なるリズム感の曲でも、ずっと一定テンポで弾き通してしまう方が多く、自在な雰囲気や躍動感などが乏しい演奏もあったが、もしかしたら、この指導者さんは、生徒さんに、メトロノーム練習ということを、少しやらせ過ぎているのではないかということ。

一応弾けている方は多かったので、少々もったいない印象が強く残った。
共演ものの計約70ページを、(正直あまり気乗りしない曲も含めて)練習を進めて、合わせ練習も少ししてみたが、1箇所は完全に譜読みミスをしていた。
しかも、特に複雑でも速くもないような何でもない和音の箇所だったので、自分でも笑ってしまったが、おそらく注意力が最も無くなるような、こういった部分こそ、譜読みミスをしていても気がつきにくいのかもしれないが、70ページで1箇所なら、想定内の許容範囲(?)だろか。

さて、合わせ練習をしてみて思ったことは、当然だが個々がしっかりと完全に弾けていないと、なかなか音楽にならないということ。
今回の合わせの目的は、あくまで
「合わせてみて、だいたいこんな雰囲気になる」
ということの確認だったので、不完全な部分が多々あることを承知での合わせ練習だったわけだが、
独りで弾くと特に問題なく弾けるのに、他者の音が入ってくるとどうしても弾きにくい箇所などをいくつか確認できたし、音楽づくりの方向性の確認作業も出来たので、悪くない合わせ練習だった。

などと思っていたら、急遽、小さな演奏会(とういうよりも、イベントみたいなもの)に出演ということになり、約10ページ分の曲だけを、もう1度合わせ練習をして、とにかく何とか整えて本番当日。
小さな演奏会といっても、入場料もとっている企画ということもあり、出演するのなら、せめてもう少し「らしい演奏」をしたいと思ってはいたが、せっかくの機会のなので、演奏をさせていただいた。

本番演奏は、会場がクラシック音楽専用のホールではないということもあり、音響は期待できないのはわかっていたが、(正直言って、クラシック系の演奏にはあまり向いていないのは、以前にも出演してわかってはいる)、今回の本番はそれを本当に感じることになった。
今回は、合わせ練習の回数も少なくて、未完成状態のさらに手前のような感じだったので、危うい箇所は、
「相手方にモリスが合わせる」
ということを、基本方針として本番演奏に挑んだはずだったが、演奏を開始すると、相手方の音が、自分の耳にはほとんど聴こえないような気がする。
こうなると、お互いに探りあいの演奏になっても変なので、とにかく自身の演奏に集中して、危ない箇所も、雰囲気で合わせるように努めてみる。

演奏後に、知人に会場で録音してもらった演奏で確認してみると・・・・・・・意外にも、心配したほど破綻はしていない演奏だった(?)ので、まあそれなりに何とかなったようだ。
ただ、課題は山積しているのも事実なので、しばらくは細部にも気をつけた練習が必要になりそうだ。
演奏会に1週間に4度行ったことを書いたが、それにともなって、レッスンの日程を通常とは少し変更することになり、いつもは違う曜日なので、出会うことが無い生徒さんどうしが、顔を合わせることもあった。

小学6年生のレッスンをしていたが、終わりの時間くらいに、次の5年生の生徒さんは少し早めに来たので、待っていた。
6年生の生徒さんのベートーベンは、まだ仕上がりに遠かったので、自分は生徒さんに、
「全体としてはまとまってきたけど、pピアノとfフォルテの対比を、もっと意識しないと。
それから、右手の上昇系の動きは、もっと鳴らすように。
特に、再現部はもっと注意深く練習して、かなり弾き込まんで、聴いている人が『いい演奏だなぁ~』と思うような演奏にしよう!」
と言ってレッスンを終了に。

6年生が帰ってから、すぐに、待っていた5年生のレッスンを始めたのだが、
5年生の生徒さんに、
「今の生徒さんって、何年生ですか?」
と質問されたので、6年生だと教えると、
「えっ!中学生かと思った・・・とても上手だったから。
でも、上手に弾いているのに、先生は僕のレッスンの時よりも、少し厳しい感じだったし・・・・・なんか、レッスンの内容が結構違うような感じがした」
という感想。

この5年生の生徒さんも、一般的には弾ける子だと思うが、先にレッスンしていた6年生は、指の運動の敏捷性という意味でのテクニックにかなり余裕があるので、モーツァルトやベートーベンの初期のソナタ、ショパンのワルツなどもかなり高速で弾けるので、聴いていた5年生は、少し驚いたのかもしれない。

「レッスンの内容が違うような感じがした」という、5年生の感想に関しては・・・・
この2人のレッスン内容に、それほど大きな違いがあるとは自分は思わないのだが、自分はどうしても生徒さんに合わせてしまう傾向があるので、その生徒さんによって使う教本や練習曲などの組み合わせも異なってくるし、生徒さんのやる気や理解度、毎週どれくらい練習をしてくるかによって、レッスンの内容も濃さも変わってしまうもの。

練習量が少ない生徒さんでも、レッスン時間内で演奏力や譜読み力が向上するような様々な工夫をレッスンではやっているつもりだが、それでも、場合によっては、同じくらいの実力だった生徒さんが、1年くらいで上達にかなり差がついてしまう場合あるのも事実で、これはある意味仕方が無いことなのかもしれない。
演奏会を聴きに行くのは、平均するとだいたい月に1回ペースくらいだと思うが、先週は、1週間に4回も演奏会を聴きに行くという、最近では珍しい週だった。

と言っても、自らの意志で聴きに行くと決めていたのは1つの演奏会だけで、2つは知人より誘いでチケットを買い、あとの1つは知人より招待いただいた。

その中の演奏会より、感想を少し。
日本では結構有名なベテランピアニストのピアノリサイタルだっただが、全般的に少し渋めのプログラムを組んでせいもあり、お客さんも満席というほどでは無かった。
演奏は、冒頭は軽やかな有名な古典のピアノソナタで開幕。2楽章くらいから安定してきて、いい感じに終了。

ところが、次の古典のピアノソナタは、聴いていてかなり緊張した。
終盤の入り組んだ難しい箇所で、ほとんど止まってしまいそうな感じだが、全然違う和音を入れたりして、何とかつないで弾くようなところが何度かあり、どうにか弾き終えたという感じだった。
その部分は、確かに複雑に入り組んでいるので(高速で弾く箇所という意味ではない)、ピアニストも、おそらく途中で少しわからなくなり、それでも弾き終えたという感じだったのだろう。
(実は、夏のはじめにも、この古典ピアノソナタを入れた別のピアニストのリサイタルを聴きに行ったが、この時も、やはり終盤でかなり危ない演奏になってしまっていたので、この曲をステージにあげるというのは、なかなか難しいのかもしれない)

リサイタルの後半は、ロマン派を中心としたプログラム。
全般的に音量は出ていたのだが、途中で集中力を保てていないような印象があり、そうすると、p(ピアノ)やppで聴かせるところが、全体的にmpくらいになってしまっているので、デュナーミクの幅や音色変化に乏しく聴こえてしまっていたように思う。

前半のプログラムの演奏で危うい部分が多かったせいか、やはり後半も、本調子からは遠いようだったが、こうした時というのは、アンコールでは解放感からか、実に粋な演奏になったりもしていて、演奏会の締めくくりという意味では、お客さんもある程度は満足だったかもしれない。
先日、小学3年生の生徒さんをしていて、いろいろと考えさせられた。

この生徒さんは、小学1年生になって少ししてからピアノを始めて、現在ピアノ暦は2年と数ヶ月。
毎週だいだいしっかり弾いてくるので、持ち曲も常に4曲ほど(テクニック系の本や練習曲集を含む)を維持しながらレッスンできていて、最近は音もしっかり出せるようになってきた。
上達の速度としては、それほど早いわけではないが、コンクールの同年代の子供が参加する部門にも参加もできているので、学校の同学年でピアノを習っていく子供から見ると、“ピアノが弾ける子”という位置づけなのかもしれない。

だが、曲の仕上がりが、
「もっと良くなるのでは?」
といった段階止まりのようなことが多い。

もう少し正確に言うと、自分が、レッスンで生徒さんの横でアドヴァイスをしていると、生徒さんも流れにのって弾けるのだが、本番だと思って通し演奏をしてもらうと、音楽の流れがどこか停滞気味だったり、デュナーミクの幅が狭くなる傾向がある。

要因はいろいろとあるだろうし、すぐに改善できるようなことでもないのだろうが、根本的な原因を、自分は感じていたので、生徒さんに質問してみた?
モリス : 「もっといい演奏をするためには、何をしたらいいと思う?」
生徒さん: 「もっと練習?」
モリス : 「練習は当たり前だから、ピアノを弾くこと以外で」
生徒さん: 「・・・・・」

生徒さんは何も思いつかなかったので、
モリス : 「練習をたくさんすることは、もちろん大事だけど、もっと音楽を聴くことが、今のあなたには大事だと思うよ。『たくさん音楽を聴く人が、上手くなる人』だから」
生徒さん: 「『音楽を聴く人が、うまくなる人』なんだ・・・・」

と、生徒さんはあまりわかっていない様子。
今のところ、生徒さんは、自身がピアノを弾くこと、上達していくことに関しては興味あるようだが、今の実力で弾けそうなピアノ曲にはどんな曲があるのか、ピアノ以外の音楽で例えばオーケストラの音楽や楽器の種類などには、あまり関心は無さそうだ。
これは、生徒さん本人の興味ということだけではなく、保護者が家で音楽を聴く人なのか、演奏会を聴きに行く家庭なのかといったこととも関係しているので、レッスンの終わりに迎えに来るお母さんにも少しずつ話しをして、音楽をたくさん聴くことへの関心度を上げていきたい。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。