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日常のレッスンで、
「ここのクレッシェンドから、この部分でフォルテになり、ではこの次は同じパターンの繰り返しだから、どのように弾いたら良いのかというと・・・」
などと説明していると、時々、白髪爺さんを思い出す。

白髪爺さんネタ(?)は、久しぶりかもしれないので、少しおさらいすると、レッスンでの主要な曲目は、バッハとベートーヴェン。
他にもエチュード系はやらされたが、基本的に年間を通じて弾く作曲家はそれだけ(当時同じく習っていた生徒仲間によると、モーツァルトは結構やるらしかった)。

バッハは装飾音符の入れ方などには全然うるさく無かったが、楽曲の基本構成から外れている演奏や、3声や4声の曲での声部の不明瞭な弾き分けなどには、徹底的にうるさかった。
これはベートーヴェンのソナタでも同じで、構成感に乏しい演奏をしたり、フレーズ感の弾き方が微妙に違っていたりすることには厳しかったと記憶している。
さらに、デュナーミクについても、緊張感のあるところでのフォルテ、収まるところで少しおとし気味にするところなどは、徹底していたと思う。

つまり、演奏力そのものも当然求められているレッスンなのだが、楽譜を深く読んだうえで弾いているのかを、毎回確認されているかのような内容だった。
だから、新しい曲を弾く時も、その曲の第1回レッスンまでには、自分も数種類の楽譜を参考にすることが当然になり、音だけを読み込むのではなく、あまり弾けていないとしても、ある程度は楽曲の全体像を把握しておくこと、演奏の出来上がりのイメージを確立する習慣が、できてきたと思う。

そう書くと、分析(アナリーゼ)について、白髪爺さんから何か質問されるのかと思われるかもしれないが、そういった質問はほとんどなかった。
しかも、ある日のレッスンで、ベートーヴェンのソナタをやっていた時に、
「演奏と、無関係になってしまうような分析はいらない」
とも言っていたのを覚えている・・・。

自分は、今でも子どもの頃からの習慣が抜けきれずに、自身が演奏会などで弾く曲に関しては、基本的には感覚を最優先に貫く派(?)であると思う。
だが、レッスンで生徒さんの指導では、楽譜の読みから演奏を作り上げ、さらにその先の段階にまで持っていく過程は大事にしたいので、時には説明に時間をかなりかけることもある。
ただし、分析だけが独り歩きするような説明ではなく、演奏につながるような内容で・・・これは、自分も大事だと思っている。
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2012/04/07(Sat) 22:35:12 |  まとめwoネタ速suru
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