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「その箇所の弾き方、何か決めかねているというか、迷っているの?もしかしたら、あなたのやりたいのは、こういった弾き方じゃない?」
そう言って、横のピアノで弾いてくれる。
自分が、メンデルスゾーンの無言歌とか、ベートーベンの悲愴やシューベルトのソナタ、チャイコフスキーの四季などを弾いていた頃の先生は、そんな感じのレッスンだった。

他にも、
「そう弾くなら、ここに少しの間があってもいいかな」、
「そのメロディーは、もう少し主張してもいいかもね」
「同じようなものが繰り返されるけど、どうするの?意図的に大きく変える?それとも僅かに違いを出す?それともその時の気分?
どれでもいいけど、一応は決めた方が本番では失敗少ないよ」
というものであったと思う。

つまり、演奏そのものに関しては、どこか迷っているような時の、解決の糸口を示してくれるような内容のレッスンだったと、今考えると思うが、歌い方そのものを指導したり、「こういう感じで歌うように弾きなさい」とか「もっと歌って弾きなさい」なんてことは、一度も言われなかった。

それは、自分が優秀だったという意味では全然なく、音楽を歌を=簡単に言ってしまえば歌う心そのものを、教えることは基本的にはできないからではないかと思うし、誰かが歌い方を考えて弾かせるようなものでもない。
例えば、全く歌っていないような平坦な演奏に、「ここから大きくして、ここで頂点で、ここから・・」といった指導はできるし、弾く側も言われたとおりにやれば、それなりの音楽になるのだが、演奏者本人が歌を感じていなければ、やはり演奏はそれなりどまりだろう。

では、音楽の心、歌う心は、いったいどこで、何でつくられるのか?
それは、たくさん音楽を聴いて感じたことだったり、そこからの想像だったり、自ら弾いて感じたことだったり、深く考えたり、時には誰かの影響だったりといろいろだろう。

中でも、本当にたくさんの音楽を、全身で感じて聴くことは、少しずつ自らの感性になって、次第にものすごく演奏にいかされてきて、表面だけの表情をつけたような演奏している人なんて、問題にならないくらいに、内側からの素晴らしい演奏ができるようになる。

もちろん、歌い方を楽譜から細かく分析して、考える必要性の高い音楽もたくさんあるが、結局最後は感性が鍵盤の一音につながるのかなと、最近特にそう思う。
コメント
この記事へのコメント
モリスさん、こんばんは!

「感性の一音」・・。
たくさんの音楽を聴くことが、いい演奏につながる、と、私も最近ようやく気づきました。
今まで、ピアノ曲を主に聞いていましたが、最近はオーケストラや、ピアノ曲でも、「聴くのは楽しんでも、弾かないかもな~」というものを選ぶようになりました。

歌というのは大切だなあと思います。
心に歌があれば、いい演奏が出来ると私も思います。
私自身は、楽譜からの分析をあまりしていないので、勉強のためにもしようとは思いますが、最終的には、心からの演奏が出来るようになりたいと思います。



2007/06/11(Mon) URL  | まりはん #-[ 編集]
まりはんさん、こんばんは。

そうですね、オーケストラ曲とか、ピアノでも弾かない曲もどんどん聴くことはいいですよね。
聴いて、感じて、歌って、考えたり、逆に何も考えないのもいいです。そうして、少しずつ心に歌ができてきますよね。

楽譜はもちろん深く読むことは重要ですが、それが心からの演奏と結びつくことができることが大切だとですよね。
2007/06/12(Tue) URL  | モリス #-[ 編集]
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