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先日の、音楽知識人さん達との食事会では、最近音楽知識人さんが聴いたコンサートの中から、良かったものや印象に残ったもの、そうでもなかったものなどの感想などが、面白かった。

音楽知識人さんは、生の演奏会はもちろんのこと、テレビやFM、CDなどの録音ものなど、年中かなりの数を聴いている人なので、素晴らしい演奏と出会う確率は比較的高いと思うが、当然ながら残念な演奏に出会うことも多いらしく、そういった話も聴ける。

その中で、音楽知識人さんは、今回は
「『わずかな間の取り方』が、演奏の良し悪しを分けることもあると、あらためて感じた」
と、かなり強調していた。

音楽知識人さんは、いつものように、
「私は楽器演奏は全くしないから、演奏者の視点には立てないけれど」
と、前置きしたうえで、
「先日も、『おいおい、どうしてそこをサラサラサラっと行ってしまうんだよ』と言いたくなる演奏を聴いたわけだけど、
この演奏が、もし1箇所でも、ほんの僅かに絶妙な間を入れたなら、結構な名演奏のレヴェルまで上がったかもしれないなぁ、などと、思ったわけだね。
だけど、この少しの間の取り方の違いが、やはり聴く側の印象としては、大きいというか、全然違うんだよ」
とのこと。

他にも、いろいろな曲の演奏の例などを、具体的にあげて説明してくれて、面白かったが、音楽知識人さんからは、こんな質問も。
「モリスさんは、弾く時に『ここで間を作ろう』と意識的に思ってやるの?
それとも、楽譜を理解して弾いたら、流れに時には間が出来ているもの?」

そう言われると、あまり意識したことは無いが、音楽知識人さんの質問に応えるなら、後者だろう。
自分は、譜読み段階でできるだけ深い譜読みを心がけ、仕上げていく段階では基本的に、自分とピアノとの対話、音楽の流れのままということを、重視しているように思う。

そう応えると、音楽知識人さんは、
「なるほど、やはりね。
ということは、間の取り方も、呼吸感のかけらもないような演奏でも、演奏者本人にとっては、それが自然で、別に気にならないということなんだろうね・・・」
と、うなづいていた。
コメント
この記事へのコメント
こんばんは!

まさにそのとおりだと私も思います。
自然に生まれる間合いは本当にいい演奏につながりますが、「間をとろう」と意図的にとっているものや極端なものは音楽の流れを停滞させてしまったりすることもあるので難しいなあと思います。

ただ、楽譜をきちんと理解して演奏されている場合はそれが自然になっているのですよね。
演奏の説得力というものでしょうか。
2009/05/07(Thu) URL  | まりはん #-[ 編集]
まりはんさん、こんばんは。

楽譜から感じた音楽を、そのまま演奏で表現できれば、ちょうど良い間がある演奏になるはずですが、そう単純にはいかないものですよね。
全ての基本的なレヴェルが、高い位置にあって、それができるわけですから、やはり普段から、地道な研鑽が必要ですよね。
2009/05/08(Fri) URL  | モリス #-[ 編集]
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2009/05/13(Wed)  |  #[ 編集]
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